2008年6月アーカイブ

N0.229 「いきいきと生きよ」

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手塚富雄(著)「いきいきと生きよ」

ゲーテを扱った書を何冊か紹介しましたが、これはドイツ文学者の手塚富雄氏(1903−1983)がゲーテとの心の対話というべきものを通じて、その普遍的な知恵を伝えようと著したものです。講談社現代新書として1968年に出版され、2008年3月にサンマーク文庫として復刊されています。

ゲーテの完成期の箴言を中心に取り上げていますが、単なることばの紹介ではなく、ゲーテと対話するかのような血の通った解釈によって、いきいきとしたゲーテその人の生き方が伝わってきます。

「こころがひらいているときだけ
  この世は美しい。」(「格言詩」)

「いきいきとした、天分ゆたかな精神をもった人が、実際的な意図をもってごく身近なことに力を注ぐ場合こそ、この世における最もすぐれたものである」(「箴言と省察」)

「思索する人間の最も美しい幸福は、探求しうるものを探求しつくし、探求し得ないものを静かに敬うことである」(「箴言と省察」)

ゲーテのことばからは、普遍的で神的なものに対する敬虔な態度とともに、活動的で現実的な実行の人である姿が伝わってきます。

川島 隆太 (監修)「川島隆太の脳の老化は自分で防げる」 (講談社 2005/6)

脳のトレーニング本を数多く著している川島隆太氏が、「脳ウェルネスプロジェクト」の研究に基づき、記憶力の低下など老化に伴う脳機能の低下を防ぐ方法を解説した書です。
読み書き計算が前頭前野を活性化させる効果は、子供ばかりではなく、高齢者や認知症の患者にも当てはまることがわかったのです。

ボケは20代から始まっており、その原因は前頭前野の機能の衰えにあるということです。前頭前野機能は、「ものを考え、行動や感情を制御し、コミュニケーションをつかさどる大脳皮質部分の働き具合のこと」、また意欲にも関係しているということです。

前頭前野の機能を高めることは、ボケ防止だけでなく、仕事をするうえでも、使い物になる脳を維持するために重要なポイントですね。

 

山折 哲雄(著)「日本人の情感はどこからくるのか」 (草思社 2003/5)

山折 哲雄氏のエッセイ集で、日本人独特の感性や思想について語っています。
日本古来の詩歌を紹介しながら、それらに込められた情感や人生観、死生観などが考察されます。

日本的情感とは何か、十字の文化と卍字の文化の違い、また、ナイアガラの滝と那智の滝、ロダンの「考える人」と「弥勒菩薩半跏思惟像」の対比など、興味深い話題が展開されています。

他にも、ダイアナ妃の事故に対する報道に見られる特徴や、大学での講義にまつわる話なども掲載されています。

 

NHK教養番組 (編)「男が語る人生これから―「老い」をよりよく生きる14の話」(アスキーコミュニケーションズ 2002/10)

NHK教育テレビで放送された「老いをどう生きるか」シリーズを単行本化したものです。
登場するのは、明石康、岩城宏之、佐高信、谷川俊太郎、中坊公平、なだいなだ、はらたいら、藤本義一、堀田力、森毅、山田太一、山藤章二、山本晋也、養老孟司です。
これら各界の著名人14人が、「老い」をテーマに思いを語っています。
肉体や精神に変化に老いを実感したり、若いころの自分へ羨望したり、社会からの老人と見られることへの抵抗など、多くの人が感じることに対し、各人の考え方や対処法が綴られています。
養老孟司氏は、「人生に線は引けない」と考え、老年も自然な流れのひとつととらえています。このように人生に対する各人の智恵を学ぶことができる書です。

No.225 「歴史を考えるヒント」

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網野 善彦(著)「歴史を考えるヒント」 (新潮選書 2001/01)

普段何気なく使っている言葉から、日本の歴史と文化を探ってみようという趣向の書です。

「日本」という国名はいつごろどのようにして決まったのか、「関東」や「関西」といった地域名がどのようにして誕生したのか、「百姓」という言葉の意味の変遷、「市(いち)」「手形」などの商業用語や「落とし物」「自由」などの日常用語の原意など、多様なテーマについて、深い歴史的考察が展開されています。

例えば、日本という国名が決まったのは7世紀、浄御原令(きよみはらりょう)が施行された689年ですが、正確に知っている人はほとんどいないということです。
それ以前には日本という国は存在せず、倭国と呼ばれていた訳ですから、「聖徳太子は日本人ではない」ということになります。

また、古文書を読み解く場合には、言葉の意味するものが、現代と同じとは限らないことに注意しなければならないということも指摘されています。

堅苦しい歴史書ではなく、講演を元にした読みやすい書です。
日常の言葉をきっかけとして日本の歴史に問いかけることで、親しみがわいてきます。

No.224 「ブランド優位の戦略」

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デービッド・A. アーカー(著),陶山 計介,梅本 春夫,小林 哲,石垣 智徳(訳)「ブランド優位の戦略―顧客を創造するBIの開発と実践」 (ダイヤモンド社 1997/07)

「ブランド・エクィティ戦略」など、ブランドに関する論考を数多く著し、「サターン(*1)」のブランド構築に関わった著者が、ブランド・アイデンティティを中心に解説した書です。

本書では、ブランド・アイデンティティとは何か、どうすれば確立できるのか、どう管理すれば良いか、また多くのブランドやサブ・ブランドを体系的な管理する方法、ブランド・エクィティの測定へのアプローチ、そしてブランドを育成する組織といったテーマが扱われています。

「強いブランドの構築には、ブランド・アイデンティティとポジションを明確かつ効果的に詳述することが必要」

「強いブランドへの鍵は、常に首尾一貫性を保持すること」

「成功するブランドは、ブランドを育成する組織を土台にして構築される」(いずれも 結びより)

ブランド・アイデンティティを構成するのは、製品としてのブランド(製品分野、製品属性、品質および価値、用途、ユーザー、原産国)、組織としてのブランド(組織属性、ローカルかグローバルか)、人としてのブランド(ブランド・パーソナリティ、ブランドと顧客との関係)、シンボルとしてのブランド(ビジュアル・イメージとメタファー、ブランドの伝統)であるとのこと。

ブランドを構築し確立するための戦略を、体系的に学ぶのに適した書です。

(*1)1985年、GMから誕生した小型自動車ブランド。

No.223 「ITマネジメント」

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Harvard Business Review (編), DIAMONDハーバードビジネスレビュー編集部 (訳)「ITマネジメント」 (ハーバード・ビジネス・レビュー・ブックス 2000/10)

ハーバードビジネスレビューのシリーズで、ITを経営に活用するために何が本質的に重要かを論じたものです。

出版は2000年のため、最近の「ネット+サービス」というIT環境への言及は部分的なものに止まっています。

その代わり、情報の共有、結合、構造化といった情報の使いこなしの必要性など、戦略やマネジメントと結びついた本質的な要素の重要性が強調されています。

本書の「マネジング・バイ・ワイヤ」の考え方は、ビル・ゲイツの「思考スピードの経営」で述べられている神経系としての情報システム「デジタル・ナーバス・システム」に相通ずるものがあります。

「今日市場を支配しているのは柔軟性と即応性の原則である」

「ITによる経営戦略を採用することは、戦略そのものの位置づけの変更と同じことになる。それは、特定の市場向けに特定の商品を生産する計画から、競合他社より早く市場動向を感知し、必要な行動計画を配置する構造をつくりあげることへの変更である」

ITを導入して、使いこなし、経営成果につなげている企業には、例外なく経営戦略およびマネジメントと一体化したIT活用戦略があります。

目まぐるしく変化するIT環境に振り回されることなく、有効に使いこなすための原則に立ち返ることの重要性を認識させてくれる書です。

 

森 健 (著)「グーグル・アマゾン化する社会」 (光文社新書 2006/9)

インターネット社会の主役として君臨する、グーグルとアマゾンについて、その現状と影響力を分析し、ネットワーク理論の観点からその本質に迫った書です。

前半は、インターネット上の多様化と一極集中の現象や、Web2.0についての解説があり、続いてグーグルとアマゾンの成功の要因が分析されます。そしてスケールフリーネットワークという視点から、一極集中が進む仕組みが解きあかされます。

スケールフリーネットワークの解説では、No.69で紹介したアルバート・ラズロ・バラバシの「新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く」が基礎となっており、理論的な深みがあります。

大いに喧伝された「ロングテール現象」といっても、勝者はその一部にすぎないこと、また、すべての情報を検索可能にしようとしているグーグルの圧倒的な力など、ネットワークの拡大が個人の生活や購買行動に及ぼす影響力の大きさがわかります。

便利さばかりに依存して良いのかという、問題提起の書でもあります。

No.221 「マルクス経済学と現実」

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堀江 忠男 (著)「マルクス経済学と現実―否定的役割を演じた弁証法」 (学文社 1979年)

堀江忠男(1913-2003)氏は、経済学者にして、元ベルリンオリンピックのサッカー日本代表で、NHK「そのとき歴史が動いた」でも、その活躍ぶりが紹介されました。

本書は、実は学生時代の教科書ですが、いまだに書棚に鎮座しています。

内容はマルクス経済学の理論的な過ちを、徹底的に批判したものです。

マルクス経済学の基本的な理論である利潤率低下法則や、恐慌論、そして弁証法的な方法そのものに誤りがあり、経済の現実と乖離していることが、実証的に解き明かされています。

この書をいまだ棄てられないのは、次の一文があるからです。

「円という貨幣(かね)が悲しみの
 もとなれば
 幸(さち)と呼ぶ貨幣(かね)
 使う世つくらむ」

経済学者としての、著者の信念が込められた言葉です。

カルロス・ゴーン(著),中川 治子(訳)「ルネッサンス ― 再生への挑戦」 (ダイヤモンド社 2001/10)

カルロス・ゴーン(1954-)氏が初めて書き下ろした自伝で、国際人としての生い立ちや、ミシュラン、ルノーにおける経験、日産再建の具体的な手法が綴られています。

本書には、ゴーン氏の企業再建にかける思いが込められています。

「信頼されることほど大きなチャレンジはなく、その期待に応えることほど大きな満足はない」(冒頭)

「マネジメントの責任とは、会社が持つ潜在能力を開発し、それを100パーセント具現化すること」(p165)

「問題解決に責任を負い、あいまいさを排除した言葉で今後の手順と期待できる効果を説明することができれば、人々は自己犠牲を払ってでも理解を示し、ついてくるものだ」(p189)

マネジメントに対する哲学のほかにも、日産再建に関わる調達の見直しや工場閉鎖など再建の具体策について詳細に説明しており、非常に内容の濃い経営書となっています。

「カルロス・ゴーン経営を語る」(No.145)はインタビューを元にした書であるのに対し、本書はゴーン氏自らの手によるものであるため、経営に対する考え方や現場とのやりとりなどが臨場感を持って伝わってきます。

No.219 「旅館再生」

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桐山 秀樹(著)「旅館再生 ――老舗復活にかける人々の物語」 (角川oneテーマ21 2008/6)


日本の温泉旅館の厳しい現状を再生するための方策を、いくつかの事例から探った書です。
前半では、日本旅館の持っていた優れた特質と、それが海外の一流ホテルから高く評価され尊敬されていた事例が紹介されています。
最近オープンした超高級ホテルでも、和のテイストがさりげなく取り入れられているとのこと。

そして、日本旅館再生のために、かつての団体客向けのパック商品、旅行エージェント頼りの営業、巨額の設備投資といった問題点への反省を踏まえ、次のポイントを提言しています。


それによると、これからの旅館に必要なことは、(1)外国人の視点を持つこと、(2)主人一家が営む宿屋の原点に戻ること、(3)伝統的サービスに近代的コスト意識を導入し実践すること、(4)エコや安全・安心・清潔を重視することです。
温泉の魅力ではなく、宿の魅力で集客すること、という指摘も重要なポイントです。

旅館再生の事例として、個人客相手への転換、徹底したサービス見直しとコスト削減、地域ぐるみの魅力アップ、そして星野リゾートによる全国各地の旅館の復活劇が紹介されています。

No.218 「禅−現代に生きるもの」

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紀野 一義(著)「禅―現代に生きるもの」 (NHKブックス 1966/01)

日本文化の中に息づく禅の思想や、仏教的なものについて多面的に紹介した書です。

達磨大師をはじめ唐代の名僧や、夢石、道元、一茶など日本の名僧にまつわるエピソード、そして水墨画、茶道、日本庭園など、伝統文化の背景にある禅の精神と仏教思想などが解説されています。

引用されている名僧の言葉には、いかにも禅問答といった難解なものもありますが、解説は平易で、初めて禅に接する人でも読みこなせるでしょう。

冒頭で著者が述べているように、本書は禅の専門書や手ほどきの書ではなく、禅の精神や仏教と日本の生活文化の関わりを知るのに適した書です。

日本文化を外国人に紹介するといった場合にも、このような知識を備えておくことが望ましいと思います。

No.217 「古風堂々数学者」

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藤原 正彦(著)「古風堂々数学者」 (新潮文庫 2003/04)

藤原正彦氏のエッセイ集で、90年代後半のものが48編納められています。
あとがきで著者が述べていますが、当時はバブルの崩壊後で、グローバリズムの名のもとに価値観が変貌し社会のアメリカ化が進んだ時期です。
武士道と情緒を何よりも尊重する著者の悲憤も高まり、その思いは「国家の品格」につながります。

家族の日常、数学者のエピソードなど、様々な話題が取り上げられていますが、教育に関するものが多くなっています。

巻末に収められた「心に太陽を、唇に歌を」と題されたエッセイは、単行本化する際に書き下ろされたもので、著者の小学生時代の思い出を綴ったものです。

貧しい同級生への思いやり、人間味あふれる教師との関わり、そして弱きを助け強気を挫く著者のリーダーぶりが活写されており、藤原エッセイの原点を見る気がします。

当時の学校には、いじめがあり、貧しさもあったものの、社会全体を包み込む雰囲気は現代とは異なっています。
教育には、競争以上に大切なものがあることを教えてくれる秀作です。

 

No.216 「自省録」

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マルクス・アウレーリウス(著),神谷 美恵子(訳)「自省録」 (岩波文庫 2007/02)

アウレーリウス(121‐180)は、古代ローマ五賢帝時代(96-180)の最後を締めくくる皇帝で、ストア派の哲人としても歴史に名を残した人物です。

本書は、アウレーリウスがまさに自省のために書きためたもので、古来多くの人に読まれ多大な影響を及ぼしてきました。

200ページほどのなかに、人間も宇宙の一部であるというストア学派を基本とした世界観、人生観、死生観が展開されています。

また、「公益」に資する生き方が強調されているのは、五賢帝の面目躍如といったところです。

「今こそ自覚しなくてはならない、君がいかなる宇宙の一部分であるか、その宇宙のいかなる支配者の放射物であるかということを。そして君には一定の時の制限が加えられており、その時を用いて心に光明をとり入れないなら、時は過ぎ去り、君も過ぎ去り、機会は二度と再び君のものとならないであろうことを」(第2章 4)

「ほかのものは全部投げ捨ててただこれら少数のことを守れ。それと同時に記憶せよ、各人はただ現在、この一瞬間にすぎない現在のみを生きるのだということを」(第3巻 10)

「あたかも一万年も生きるかのように行動するな。不可避のものが君の上にかかっている。生きているうちに、許されている間に、善き人たれ」(第4章 17)

「君の肉体がこの人生にへこたれないのに、魂のほうが先にへこたれるとは恥ずかしいことだ」(第6巻 29)

一文一句が、圧倒的な説得力を持って迫ってきます。

人生論は、これ一冊を読めば事足りるといって良いかもしれません。

No.215 「老年について」

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キケロ ー(著),中務哲郎(訳)「老年について」 (岩波文庫 2004/01)

古代ローマ時代の学者・政治家・弁論家キケロー(前106―前43)が、二人の若者を前にして語るという想定で書かれた対話編です。

老年が惨めなもの思われる理由として、老年は(1)公の活動から遠ざけること、(2)肉体を弱くすること、(3)ほとんど全ての快楽を奪い去ること、(4)死から遠く離れていない、をあげて、これらの理由が本当かどうか検証するという構成で対話が進みます。

キケローの言葉には、自信が満ちあふれています。

「幸せな善き人生を送るための手だてを何ひとつ持たぬ者にとっては、一生はどこを取っても重いが、自分で自分の中から善きものを残らず探し出す人には、自然の掟がもたらすものは、一つとして災いと見えるわけがない」(p13)。

「老年を守るに最もふさわしい武器は、諸々の徳を身につけ実践することだ。生涯にわたって徳が洒養されたなら、長く深く生きた暁に、驚くべき果実をもたらしてくれる。徳は、その人の末期においてさえ、その人を捨てて去ることはないばかりか・・・人生を善く生きたという意識と、多くのことを徳をもって行ったという思い出ほど喜ばしいことはないのだから」(p17)。

「束の間の人生も善く生き気高く生きるためには十分に長いのだ」(p66)


ではどうすればこのような輝かしい老年期を迎えることができるのでしょうか。

「熱意と勤勉が持続しさえすれば、老人にも知力はとどまる」(p27)。

「わしがこの談話全体をとおして褒めているのは、青年期の基礎の上に打ち建てられた老年だということだ」(p61)

幸せな老年はひとりでにやってくるわけではなく、青年期からの生き方によって決まるということです。

若い世代にこそ読んでほしい本です。

 

ひろ さちや(著)「デタラメ思考」で幸せになる! (ヴィレッジブックス 2007/07)

著者を知らない人は、この本のタイトルからどのような内容を想像するでしょうか。
ひろさちや(1936-)氏は、東京大学文学部でインド哲学を修めたあと気象大学校で教鞭を執りながら、仏教に関する入門書を数多く著しています。

著者のいう「デタラメ思考」とは、欲や競争に満ちた世間に縛られずに、人間らしく生きることを意味するものです。

聖徳太子の辞世は、「世間虚仮」であったと伝えられています。
本書では、そのようなものである世間を絶対視せず、距離をおいて、ときには馬鹿にしながら生きることで、多くの苦悩が解消することを説かれています。

「世の中の役に立つ人間にならなくてもいい」
「『働きたくない』という欲望が、いちばん人間らしい欲望」
「人生の旅はいい加減にやるのがいちばんいい」

これらのメッセージは、いずれも逆説的に聞こえますが、本書を読むとその真意がわかります。
競走馬のようにつられて駆け出すことなく、人生の寄り道を楽しみながら生きればいい、それが著者の伝えたいメッセージです。

No.213  「ソニー創造への旅」

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井深 大 (著)「ソニー」創造への旅―ものづくり、人づくり (グラフ社 2003/10)

ソニー創業者の井深大(1908-1997)氏の自叙伝です。子息の井深亮氏が序文を寄せています。

本書は、「無線少年」と自称する少年時代の思い出、家族の思い出から始まります。
物心付く頃の最初の記憶が、家に電灯が開通したことというのは、いかにも井深氏にふさわしい話です。
そして、科学への好奇心、探究心に満ちた学生時代、ソニーの創業から、画期的な新製品開発の経緯、そして科学と教育への想いなどが綴られています。

ソニー以外にも、戦後に創業し成長した企業には、本田宗一郎をはじめ、優秀な技術者にして卓越した経営手腕を有する人物の存在があります。

井深氏の生来の科学や技術への深い探究心は、やがてトリニトロンやウォークマンのような画期的な製品として結実するわけです。
この人があってこそ、この企業、そんな感を強くします。

また井深氏は、幼児開発協会やソニー教育振興財団を設立したことからわかるように、人づくりに力を入れており、次世代を育てることへの強い熱意を感じます。
そしてこれらの社会貢献活動は、氏の生い立ちや家族との実体験から発した根源的なものであることがわかります。

加藤 周一(著) 「高原好日―20世紀の思い出から」 (信濃毎日新聞社 2004/07)

評論家加藤周一(1919-)氏が、軽井沢や追分村など浅間山麓を舞台に、人々との交遊を綴った随筆集で、信濃毎日新聞の連載を単行本化したものです。

登場するのは70人、堀辰雄、福永武彦、中村真一郎、野上弥生子、伊藤整などの文人をはじめ、磯崎新、武満徹、丸山真男、池田満寿夫など、文化・芸術・学問の幅広い世界に渡っています。
また、一茶、佐久間象山、巴御前など、歴史上の人物との架空の問答もあります。

加藤氏の追分村の思い出は、少年時代に夏休みを家族で過ごす習慣から始まり、著書「羊の歌」でも美しく回想されています。

氏は、追分や浅間高原への思いを、次のように綴っています。

「故郷とは感覚的=知的な参照基準としての空間である。私にとっての浅間高原は、生涯を通じてそこへたち帰ることをやめなかった地点であり、そこに『心を残す』ことなしにはたち去ることのなかった故郷でもあるだろう」(前口上より)

論理と情緒が融合した、加藤氏の文章の魅力が感じられると思います。

藤原 正彦(著)「父の威厳 数学者の意地」 (新潮文庫1997/06)

藤原正彦(1943-)氏のエッセイ66編を文庫にまとめたものです。
2?3ページの短編が多く、話題は家族にまつわるものが中心となっています。

作家である父、新田次郎(1912-1980)と、母、藤原てい(1918-)の思い出、祖父の教え、妻と3人の子息との日常などが、藤原氏独特の躍動感ある文章で展開されており、飽きさせません。

最近のベストセラーとなった「国家の品格」で主張されている情緒の重視や武士道精神,
恥の文化といったテーマは、本書でも何度か説かれており、著者の一貫した信念であることがわかります。

そしてこのような信念や行動規範は、「藤原家伝来」のものであることが、父や祖父のエピソードから伝わってきます。

藤原氏の文章の魅力は、次の一文でも窺い知れるでしょう。

「買い物の愉しさは、無味乾燥な紙幣が、魅力いっぱいの品物に化けることにつきる。ほとんどドラマティックな変容である。汚ならしいお札を差出せば、欲する物は何でももらえるうえ、感謝までされる。これは純然たる力の行使であり、優越感であり、快感でもある。」(p87 買い物の愉しさ より)

自己の単純明解さの自覚と主張、時代の雰囲気への反抗、一方で繊細な感受性と情緒の表現など、氏の多様な人間性の魅力が文章から溢れています。

No.210 「自動車の話」

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自動車の話 (岩波写真文庫 赤瀬川原平セレクション 復刻版) (2007/09)

1950年代に発行された岩波写真文庫を、装丁も含め忠実に再現したシリーズです。
No85で「汽車」を紹介しましたが、今回は自動車です。

発行当時(1953年)は、自家用車を保有できたのは一部の人たちでした。
そのような時代背景からか、本書ではまずバスが、そしてトラック、タクシーの順で、多くのページを割いて紹介されています。
1953年の登録台数は、トラックが約44万台、バスが2万6千台、乗用車が33万台となっています。

自動車の関する百科全書的な趣もあり、当時の道路事情、交通事故の増加、様々な車種の紹介や、エンジンや動力伝達機構の仕組み、そして胎動した自動車工業についても解説されています。

当時の日本の道路は「五等國の道路」と評され、「夢のような弾丸道路(東京-神戸間)」が建設の運びになったという時代です。

それゆえ、これからモータリゼーションが離陸するという時代の、人々の自動車に対する憧れが感じられます。

かつての自動車は、経済力や社会的地位の象徴でした。
70年代後半のスーパーカー・ブームを経て、80年代に入ると、個人のライフスタイルを表現する手段となりました。
そしてその後は、メーカーや車種による性能差が縮小し、部品の共通化も進んだ結果、自動車が売れない時代になりました。

耐久消費財と化した自動車は、もはや憧れの対象ではありません。
性能や豪華さの追求は今後もある程度支持されるでしょうが、新たなパラダイムの車が待ち望まれているのではないでしょうか。

No.209 「読みの整理学」

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外山 滋比古(著)「読み」の整理学 (ちくま文庫 2007/10)

本を読むということの意義について、考えさせられる書です。

自分にとって既知の内容の書は、たやすく読める。これに対し、未知の内容の書は読みづらく、理解するのに骨が折れる。
悪貨が良貨を駆逐するように、わかりきった内容の書が氾濫したことが、日本人の教養の低下を招いている。
しかし、たとえ困難でも、未知の書こそ読むべきである、というのが、著者の主張です。

「もともと、わかり切ったことなど、読んでも役に立たない。・・・未知のものを読んでわかってこそ、はじめて、ものを読む甲斐があるというものである」(P24)

書店の店頭には、実用書、Howto本、流行作家の本が山積みされています。
目立つ本を作り、短期間で売り切らねばならない出版業界の事情が垣間見えます。
その結果、じっくり取り組まなければ読みこなせない本は、敬遠され、手に入りにくくなっています。

「読まれるかどうかよりも、まず、買われるかどうかが勝負だという出版が多くなる。本は消費財の一種に変質する」(p154)

このような傾向は、本書の元となった「読書の方法」が出版された1981年当時より、さらに加速しているように思えます。

「わかりやすい本があふれるように多い、こういう時代だからこそ、けわしい山に挑むような読書がいっそうつよく求められる」(p143)

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