2008年5月アーカイブ

新潮社 (編)「人生の鍛錬―小林秀雄の言葉」 (新潮新書 2007/04)

本書は「小林秀雄全作品」から、発表年月の順に言葉を選んで纏めたものです。

小林秀雄(1902-1983)と聞くと、受験生時代を思い出す人も多いのではないでしょうか。
日本の近代批評の創始者と評される小林秀雄ですが、難解な文章が多いという印象があります。それゆえ受験問題の定番となっていたのでしょう。

年代にしたがって読み進むと、小林秀雄の興味・関心の在り処が、文芸評論から書画骨董へ、そして人生全般へと変化していることがわかります。

また、若いころの研ぎ澄まされた文章が、次第に深みと円熟を増しているように感じられます。

たとえば次の文章は、主題の選び方や対比する概念による表現が、ゲーテの格言を彷彿とさせます。

「人間は何と人間らしからぬ沢山の望みを抱き、とどのつまりは何んとただの人間で止まる事でしょうか」(「私の人生観」)

「喜びを新たにするには悲しみが要り、信を新たにするには疑いが要る」(「好色文学」)
いずれも著者40代後半のときの文章です。

小林秀雄の文章が難解といわれるのは、批評に対する厳格で真摯な態度からきているものと思われます。
批評するという行為は、簡単なことではないのです。

No.207 「脳と気持ちの整理術」

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築山 節 (著)「脳と気持ちの整理術―意欲・実行・解決力を高める」 (日本放送出版協会 2008/04)

「脳が冴える15の習慣」がベストセラーとなった、築山節(1950−)氏の最新著作です。

「現代人の脳は、非常に大きな変化に晒され」、「思考が混乱しやすい人、気持ちの整理ができなくなっている人が増えている」、そのような現代人のための正しい脳の使い方を教えてくれる書です。

著者のアドバイスは具体的で、実践的です。

「意欲を高め、前向きな自分をつくるには、『脳が健康である』ということがまず重要」
「問題を脳から出力して、紙の上などで物理的に処理する」

「『その日・その時の私』に仕事を割り振る」

「記憶は入力ではなく、出力をベースとして考えた方がいい」

このように、日常生活で活用できるアドバイスが豊富に紹介されています。

著者は脳神経外科医で、脳の構造や生理に基づいた確かな内容です。語りかけるような文章が、わかりやすくて素直に頭に入ります。

ストレスという言葉は出てきませんが、本書の生活習慣を身につけて、脳の負担を減らすこと、そして脳をよく働かすことは、最も良いストレス解消法かもしれません。

齊藤 誠 (著)「成長信仰の桎梏 消費重視のマクロ経済学」 (勁草書房 2006/12)

GDPの拡大を追い求めるかのような経済政策に対して、その見直しを訴える書です。

著者の主張は明解で、マクロ経済政策の目標は「長期にわたって国民が高い消費レベルを享受できること」、「将来にわたって高い消費を支えるために生産性の高い投資プロジェクトを今から育てていくべきこと」に置くべきとのことです。

GDPとは単純化すれば消費と投資の和となります(Y=I+C)。
そして、GDPの増加が消費の増加につながるためには、「現在の消費一単位と将来の消費を表す設備投資一単位が等価でなければならない」といった諸条件が必要になるということ。
これが、著者が消費レベルと投資の生産性を重視するひとつの論拠です。

また、円安誘導政策で輸出を増大させ、ドル建てで資産を蓄積しても、ドル安の局面では資産が目減りする問題が指摘されています。円建てで運用すれば、為替リスクから運用資産を守ることができるということです。

以上のように、本書は現状の経済政策とは相容れない内容が多くなっています。
著者によれば、これはマクロ経済学の論理をひとつづつ丁寧に積み上げて得た結論であるとのこと。

第一章でエッセイ風に要旨をまとめ、第二章以降で論理的に検証するという構成になっており、マクロ経済学の基礎を学ぶにも適した書です。

P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生(訳)「歴史の哲学―そこから未来を見る (ドラッカー名言集)」 (ダイヤモンド社 2003/10)

ドラッカー名言集のなかの一冊です。

著者の言葉によれば、「本書は、私が社会について歴史から学んだことを集大成したものである」とのこと。
本書では、大転換期における知識革命、組織、社会、マネジメント、経済・政治・国家の変容、少子高齢化といったテーマにしたがって、ドラッカーの著作から箴言が引用されています。

「歴史にも境界がある。・・・1965年から73年のどこかで、世界はそのような境界を越え、新しい次の世紀に入った」(新しい現実)

「マネジメントとは事業に命を与えるダイナミックな存在である。そのリーダーシップなくしては、生産資源は資源にとどまり、生産はなされない」(現代の経営)

「大切なことは人文科学や一般教養と言われるすべてのものを、現実に照らし、意味あるものにすることである。人文科学を再びあるべき姿に戻すことである。物事を理解する光とし、正しい行動を示す指針とすることである」(新しい現実)

いずれの言葉からも、ドラッカーが社会を冷静な目で観察し、その変容の本質を見抜いていたことが伺われます。

1ページに1文の構成で読みやすい本ですが、先を急がず、短い文章に込められたドラッカーの意図を考えながら、味読したい書です。

本書をドラッカーの世界への手引書と捉えて、各著作にアプローチするのがよいでしょう。

No.204 「二十世紀を騒がせた本」

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紀田 順一郎 (著)「二十世紀を騒がせた本」 (新潮選書 1993/08)

二十世紀の社会や人間の意識に大きな影響を与えた書を選び、著者の人生や当時の社会情勢を交えて紹介したものです。

二度の世界大戦や、社会主義国家の成立と終焉、科学・技術と産業のかつてない発展、個人の権利や自由意識の拡大など、二十世紀を特徴づける変革は多々あります。

このような二十世紀の変革を惹起した書として、「夢判断(フロイト)」「わが闘争(ヒトラー)」「チャタレイ夫人の恋人(ロレンス)」「風と共にに去りぬ(ミッチェル)」「農業生物学(ルイセンコ)」「第二の性(ボーヴォワール」「沈黙の春(カーソン)」「イワン・デニーソヴィチの一日(ソルジェニーツィン)」「毛沢東語録」「悪魔の詩(ラシュディ)」が紹介されています。

社会の理解を得て評価が定まるまで長い年月がかかった書があり(例えば「夢判断」)、またベストセラーとなったものの著者が大きな混乱に巻き込まれた書もあります(例えば「風とともに去りぬ」のミッチェル)。
あるいは、個人の妄想に振り回され未曽有の災厄につながった書(「わが闘争」)があり、社会主義という実験を推進した書もあります(「毛沢東語録」)。

時代を騒がせた書といっても、その後の科学・技術・社会の発展に受け継がれた書と、一時代の興奮や狂乱を引き起こしただけの書に大別しても良いと思います。

多くは伝統的な価値観や社会のあり方を根本的に変える内容を含んでいたため、その後の社会の進展につながった書であっても、出版当時は社会の大きな抵抗に遭います。
周囲の無理解と抵抗のなかで生き抜いた、著者の苦闘の人生が偲ばれます。

情報化社会では、書物の影響力は相対的に低下し、メディアも多様化しています。
今後、このように甚大な影響力を発揮する書物は出現するのでしょうか。

 

No.203 「市場には心がない」

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都留 重人(著)「市場には心がない―成長なくて改革をこそ」 (岩波書店 2006/02)

時事問題に意見を寄せ、ほぼ5年ごとに公刊してきた都留重人(1912-2006)氏の、最後となった論考集です。

タイトルとなった「市場には心がない」は、元はポール・サムエルソンの言葉です。

「市場には心がない。だが市場の行き過ぎを制御するレフェリーがいれば、極めて効率的な調整機能を発揮する」(「市場過信の政策に懸念」日経新聞2005/8/3)

本書では、郵政民営化、構造改革、高度情報社会、少子高齢化社会、日米安保、東アジア情勢などの問題が取り上げられています。

IT革命を論じた第3章では、IT社会の光と影ともいえる諸現象を紹介し、石田晴久氏の著書なども引用しながら、多面的にその問題を指摘しています。

著者の考えは、市場メカニズムの限界を見据え、成長に依存しない経済のあり方を模索するものです。

巻末では市場メカニズムの限界論から一歩進めて、政治経済学全般に対する総括的な視座が表明されています。

「人間の社会生活が求めているはずのオールラウンドな福祉の達成には、体制によって規定された『内部』論理による偏りを是正しうるよう、素材面に優位性を与える政策的配慮が必要ではないかという点である」

ここでいう「素材面」という言葉は著者独自のものですが、これは、アダム・スミスのいう「使用価値(value in use)」のことで、「体制面=交換価値(value in exchange)」に相対する概念です。

DIAMONDハーバードビジネスレビュー編集部 (訳) 「ブランド・マネジメント」 (ハーバード・ビジネス・レビュー・ブックスダイヤモンド社 2001/02)

ハーバード・ビジネス・レビューシリーズの1冊で、ブランドの価値を高めるための戦略やマネジメント手法に関する論考集です。

収益性の視点からブランド戦略をとらえた第一章では、相対的市場シェアとカテゴリのプレミアム性の軸でブランド戦略を4つに整理しています。
収益性を高めるためには、市場の特性にあったプレミアム性の訴求と価格設定が必要であることが解説されています。

ナショナル・ブランド(NB)とプライベート・ブランド(PB)について論じた第二章では、ブランド・メーカーがPB向け商品を製造すべきかどうかという問題が論じられます。
筆者の結論は、PB向け商品をまだ製造していなければ「やるな」と明快です。PBによるNBとの共食いに陥る危険があるうえ、収益性も改善されない場合が多いからです。

また第三章「ブランド展開のマネジメント」では、ブランドの垂直展開の難しさが、第四章「製品ラインの拡張」では、安易に派生ブランドを増加させることによるロイヤルティの低下、コストの増加、商品管理の負担増といった危険性が指摘されています。

「マーケティング担当者は、ブランド・エクイティを高め、明確な戦略上の目的を持ち、ブランドの収益性に貢献するような製品ライン拡張にのみ力を注ぐべきである」(p180)

他にも、「マスメディアを使わないブランド戦略」や、ケーススタディが取り上げられています。

各章ともテーマにあったブランドの事例が豊富で、日本人にも馴染みのあるブランドが多く引用されています。
「ブランドとは何か」といった理論書ではなく、具体的な戦略に焦点を当てた記述が中心で、実務に応用しやすい内容となっています。

「メーカーのなかには、ロイヤルティとは同じ製品を繰り返し購入する行動であるということを理解せず、製品に対する態度の問題だという誤った考えを持っている向きもある」(p137)

言われてみればその通りで、移り気な顧客が忠誠心を持つことなど、本来あり得ないことです。

 

小山 昇 (著)「社長が起こした『情報革命』―21世紀を制する小さな会社の経営戦術」 (PHP研究所 2001/02)

IT活用が重視されながらも、とりわけ中小企業においては、ITを導入し、活用し、経営成果につなげることは容易ではありません。

本書は中小企業(*1)の経営者である著者が、自社のIT活用の具体的なノウハウについて語ったものです。

中小企業は限られた人材と資金の中でITを導入せざるを得ず、大企業におけるIT活用とは異質の手法が必要になります。
一般的なIT活用の専門書や指南書は、中堅以上の企業を念頭に置いたものが多く、そのままでは中小企業の参考にはなりにくいのが実情です。

本書では、業務の無駄の排除、経理と管理の工夫、通信費の削減法、顧客満足を高めるためのコールセンター、iモードやボイスメールの徹底活用、WANによる情報共有などに関して、具体的な活用方法が紹介されています。

たとえば、Eメールが打てない人は、iモードのメールで受信し、返事は電話やボイスメールにすることにより、「打てる人」と「打てない人」の相互乗り入れが可能になります。
「一種類の同じツールを一斉に導入するのではなく、種類を順次増やして人ごとに使いやすいツールにすることが重要」(p110)、このような現実的な運用法が参考になります。
また中小企業のIT活用においては、トップをはじめ従業員の意識がカギとなるため、最終章は社長の勉強法と人材育成について述べられています。

情報共有を進めるためには、机に書類を保管することを廃止しなければならないとして、個人の机を廃止するなど、常識にとらわれない発想も参考になります。

「暇な会社は情報化できない」とはまさに至言です。

(*1)株式会社武蔵野(http://www.musashino.co.jp

 

No.200 「ガキの自叙伝」

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稲盛 和夫 (著) 「ガキの自叙伝」(日本経済新聞社 2002/01)

京セラ創業者の稲森和夫(1932-)氏の自叙伝で、日経新聞連載の「私の自叙伝」に加筆修正したものです。

稲森氏は、23歳で入社した碍子製造会社を退職後、上司や友人の支援を受けて27歳で京都セラミックを設立し、34歳にして社長に就任、39歳のときには株式上場を果たします。
50歳を超えてからは、経営危機のヤシカを合併、稲森財団の設立と京都賞の設立、第二電電の設立など、多方面で活躍しています。

創業から優良企業になるまでの過程が、高度経済成長を背景に語られています。
技術的な課題にあきらめることなく挑戦し続けることが、京セラの基本的な姿勢であることがわかります。

たとえば、IBMへのIC用サブストレート基盤納入(1966年)の実例を読むと、新製品の開発にはこれほどの努力が必要なのかと驚かされます。

そして同社を特徴づけるのが「利他」の精神です。
利他の精神は、社会に役立つ製品を開発すること、経営危機に陥った企業への支援、第二電電の設立、社会貢献活動など、自社の利潤追求だけに終わらない姿勢となっています。

欧米の経営者の自伝と比べると、従業員に関する記述が多いのがひとつの特徴です。
ここには、経営哲学の共有や家族的経営など、「京セラフィロソフィ」とよばれる、稲森氏の経営哲学が現れています。

京セラは先進的な技術で発展した企業というイメージがありますが、そのバックボーンにあるのは、稲森氏や幹部・従業員の経営に対する熱意です。

ホームページに掲載された次の言葉も、稲森氏の経営への熱意を示すものです。
「成功する人と、そうでない人の差は紙一重だ。成功しない人に熱意がないわけではない。違いは、粘り強さと忍耐力だ。失敗する人は、壁に行き当たったときに、体裁のいい口実を見つけて努力をやめてしまう。」(稲森和夫の公式ホームページより)

 

玄侑 宗久,アルボムッレ・スマナサーラ(著)「なぜ、悩む!―幸せになるこころのしくみ」 (サンガ 2005/06)

僧侶にして芥川賞作家の玄侑宗久(1956-)氏と、スリランカ初期仏教のスマナサーラ長老(1945-)の対談集です。

養老孟司氏が推薦文を寄せています。
「お経はほとんど脳科学を説いていて、ただ実験なんてヤボなことをしないだけである。佛教という脳科学は、なかなかに深い」

生き方や死に方、医学、真理、日本人といった広範な話題をとりあげ、仏教の智慧の世界が展開されています。

そのなかで、日本の大乗仏教と、スリランカの初期仏教の違いも浮き彫りにされます。
そのハイライトは、般若心経の評価に現れています(スマナサーラ氏は、「色即是空は正しいが、空即是色は完全に間違い」と言いきる)。

知の好奇心を刺激される一冊です。

No.198 「人生読本 落語版」

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矢野 誠一 (著)「人生読本 落語版」 (岩波新書 2008/04)

落語を通して、かつての日本人が持っていた人生観や処世術を見つめなおそうとしたエッセイ集です。

「命あっての」「渡る世間に」「金は天下の」「遊びをせんとや」の4章からなる本書は、出生、命名から始まり、親孝行、金銭、裁判、茶道、旅など30の話題について、これらの話題に関わる落語の粗筋を紹介しながら、人生を語ってくれます。

落語には、人生に対するある種の余裕ある態度が表現されています。
たとえ貧しい長屋暮らしの登場人物であっても、惨めさは感じられません。
自分の境遇を相対化してとらえ、笑い飛ばしながらも、自虐的にならない絶妙なバランスがあります。

そこには、現代の騒々しく悲壮なお笑いとは比べ物にならない、成熟した社会の智恵が感じられます。

「昨今の地に堕ちた世情を見せつけられると、石油を使うことなく、テレビとも、パソコンとも、携帯とも無縁の、不便で貧しくはあってもこころ豊かだった落語の世界から、あらためて人生を学びなおしてもいいのではあるまいか。」(はじめに より)

落語と人生論は、実はつながってるようです

No.197 「大人の見識」

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阿川 弘之 (著)「大人の見識」 (新潮新書 2007/11)

本書の序文は、「老人の不見識」というタイトルで始まります。
「いまだに大人の風格にはほど遠い」と自認する阿川弘之(1920-)が、近現代史を振り返り、さまざまな人物像を通して、時代風潮の移り変わりや、見識を持った日本人のあるべき姿について、歯に衣を着せずに語っています。

自らの出征体験に基づいているだけに、東條英機をはじめとする軍部への批判は痛切で、対照的に、鈴木貫太郎や吉田茂といった人物は、その国際感覚を評価しています。

そして、ユーモア精神に富んだ英国人の見識、武士道とジェントルマンシップ、海軍、孔子の見識などについて、著者の思いが語られます。

「遙かなるケンブリッジ」(No.63)を紹介した藤原正彦氏も取り上げられており、これは阿川氏の愛読書であるとのこと。

日本人の特質として、勤勉や几帳面と並んで「軽躁」をあげているのは意外でした。
武田信玄も日本人の軽躁さを戒める次の訓戒を遺しているとのこと。

「主将の陥りやすき三大失観」
一つ、分別あるものを悪人とみること
二つ、遠慮あるものを臆病とみること
三つ、軽躁なるものを勇豪とみること

大人としての思慮分別を持つことの大切さを、改めて教えてくれる書です。

No.196 「生きるための経済学」

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安冨 歩 (著)「生きるための経済学―〈選択の自由〉からの脱却」 (NHKブックス 2008/03)

アダム・スミスに始まるプロテスタンティズムに依拠した経済学に、根源的な再検討を加えた書です。

経済学を学んだ人の多くが感じたであろう、ある種の違和感やわかりにくさに正面から切り込み、根本的な問題を抽出しています。

著者は、アダム・スミスの「見えざる手」のように、市場メカニズムによる価格決定や需給バランスなど経済学が公理の如く前提としていることは、相対性理論や熱力学法則といった物理学の視点からいってありえないと主張します。

にもかかわらず、このような経済理論が信奉されているのは、それが「選択の自由」という西欧文明の基本的な考えにつながっているからだということです。

しかし「選択の自由は、行使不能な自由」であり、「巨大なアミダ籤を引いて、自分の運命を決めよ、と言われる状態は、『自由の牢獄』というにふさわしい」(p229)という。

考えてみれば、私たち自身が商品の購入に際し、あらゆる可能性を検討した上で最適な決定をしているかといえば、実際は限定的な情報に基づいて限られた時間と労力で決定しているに過ぎません。
また、そもそも自分が本当に欲するものを購入しているのかと言われれば、虚栄心や模倣による消費が多いことも否めません。

「『経済人』は、分業によって社会的に割り当てられた役割である『社会的自我』の要求に従って生産活動を展開し、そこから得られた所得で、他者の目に映る『社会的自我』の要求に従って消費する。」(p91)

このような「虚栄と利己心との正当化の上に展開される市場経済」を乗り越えて、「自分の感覚に従い」、「自らを愛し」、「総発的コミュニケーションを通じて価値が生みだされ、それが人々に分配される」ような「ビオフィリア・エコノミー」が、著者の目指す経済の姿ということです。

著者は、経済学という学問の枠を超えて、E.フロムの自由の分析なども紹介しながら、あるべき経済の姿を提示しています。

久々に出会った、意欲的で骨太な論考です。

 

No.195 「二宮尊徳 一日一言」

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寺田 一清 (編)「二宮尊徳 一日一言―心を耕し、生を拓く」 (致知出版社 2007/07)

小学校の校庭にある銅像といえば、やはり二宮尊徳が代表格でしょう。

薪を背負って書を読む姿は多くの人々が慣れ親しんだものですが、では二宮尊徳とはどういう人物かと問われると答えに窮します。

本書は二宮尊徳の「報徳要典(報徳記・報徳論など主要文献を集約したもの)」から格言を選び出し、一日一言の形にまとめ、略解を付して紹介しています。

二宮尊徳は、1787年に現在の神奈川県小田原市の農家に生まれ、父母の死を乗り越えて一家を再興。その後、開墾や水利事業により財政再建、農村復興に成果をあげ、1856年に没した人物です。
本書から伝わってくる、その思想と行動の基本は、天理に従って人道を尽くすということにあります。

「是より鶏鳴に起きて遠山に至り、あるいは芝を刈り薪を伐り之をひさぎ、夜は縄をなひ草鞋を作り、寸陰を惜しみ身を労し心を尽し、母の心を安んじ二弟を養ふことにのみ労苦せり。而して採薪の往返にも大学の書を懐にして途中歩みながら之を誦し少しも怠らず」(報徳記)

これが、まさに銅像で見る二宮尊徳の姿です。

 

No.194 「文明の進化と情報化」

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公文 俊平 (著)「文明の進化と情報化―IT革命の世界史的意味」 (NTT出版 2001/03)

いわゆる「IT革命」については数多くの書が出版されていますが、技術的な変化を中心に記述されたものや、社会の表面的な変化をなぞっただけの書も見られます。

これらの書に対し本書は、情報化の歴史的な意味を、文明史観から根源的に考察し、意味づけようとした学術的な論考といえます。

本書は冒頭で、そもそも文化とは何か、文明とは何かという定義から始まります。
そして、文明の発展過程について、「S字波の枠組み(出現、突破、成熟の三つの局面)」という仮説を提示して考察しています。

「近代文明の進化は、(近代)軍事文明、(近代)産業文明、(近代)情報文明という三つに波の継起的複合の形をとる」(p42より)

さらに情報化の波も、第一次から第三次の波に分解してみることができるということです。
・第一次情報革命(1950〜):手段に関する知力、すなわち技術的な意味での情報処理通信能力の増大が主導する局面。
・第二次情報革命(2050〜):目標に関する知力、すなわち人生や世界の意味や価値に関する知識や情報が、さまざまな智業(ないし寡占的大智業グループ)によって競争的に提示されて、人々を引きつけようとする局面。
・第三次情報革命(2150〜):大統合の局面。・・・情報化の局面は、同時に近代「智識文明」の出現の局面でもあったことがようやく明瞭に自覚される。(p93より)

筆者によれば、第二次情報革命は2050年から始まるとされていますが、現在の状況はすでにこの第二次情報革命の段階に突入しているのではないでしょうか。

この段階では「様々な智業が人々を引きつける」という記述を読んで、真っ先に思い浮かんだのはGoogleでした。

本書は2001年の出版ですが、文明史全体を俯瞰するスケールの大きな情報化社会論であり、今後の動向を探るための方法論を提示してくれます。

No.193 「地名の社会学」

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今尾 恵介 (著)「地名の社会学」 (角川選書 2008/04)

日本語は難しい。その難しい日本語で表記された地名もやはり難しいものです。
例えば、山形県大江町に「左沢」という地名があります。これは「あてらざわ」と読みます。隣にある寒河江市も「さがえ」と読める人は山形県に縁のある人でしょう。

本書は、このような日本の地名について、その成り立ちや、命名の階層構造、合併に伴う自治体名称の変遷などについて解説したものです。
「赤羽」のように地形・土壌・植生など自然条件に由来するものや、古くからの音に後になって漢字を当てたもの、条里制や地頭・領家制など、政治・経済活動に伴って制定されたものなど、いくつかのパターンが分析されています。

自治体名称も詳しく分析・解説されており、合併市町村名の合成、元号、広域地名、旧国名等の冠称、歴史的地名の復活、自然条件、神社仏閣、名産などによる命名パターンがあることがわかります。

平成の大合併で新しい自治体が誕生しましたが、いまだに旧名の方がしっくり来る人も多いのではないでしょうか。
馴染んだものからは離れがたく、新自治体名が定着するまでにはまだまだ時間がかかりそうです。

N0.192 「失敗は予測できる」

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中尾 政之 (著)「失敗は予測できる」 (光文社新書 2007/08))

「失敗学」の実践者を称する著者が、さまざまな失敗を分析し、対策を考える一助になることを願って書かれた本です。

扱われている「失敗」は、事故災害や家庭内事故、経営上の失敗まで多岐にわたっています。
鉄道事故、スペースシャトルの爆発、臨界事故、遊園地のジェットコースター事故、大学の研究室の事故、プールの事故など、数多くの事故の事例を紹介し、分析しています。

それによると、失敗の原因は無限にあるわけではなく、技術的な要因・組織的な要因による41のシナリオに分類されてています。
また、「人類初」といった偶発的な事故はめったに起こらず、ほとんどが「類似災害」であるとのこと。
つまり過去の情報を集め、類推を働かせれば、多くの失敗は防止することができるということです。
そして、失敗を回避する方法、組織における「企画不良」(企画・開発段階での失敗)について説明が展開されています。

大学の教員としての経験から、「若人は実験では死なない。バイクか酒かウツで身を滅ぼす」といった指摘も興味深いものです。

非常に多くの気づきを与えてくれるとともに、失敗による実害を予防するという意味で、きわめて実用的な書でもあります。

 

No.191 「要約世界文学全集1」

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木原 武一 (著)「要約世界文学全集1」 (新潮文庫)

文学作品の「名作」を、大人になってから読むのはなかなか大変です。
大人の読書はどうしても、仕事に必要な実務書や自己啓発書が多くなってしまうからです。
しかし、いわば人類の遺産ともいうべき文学作品に触れずに一生を終えるのは、もったいない気がします。

本書はそのような大人のために、世界文学の名作を「要約して」紹介しようという大胆な試みの書です。
たとえば、プルーストの「失われた時を求めて」(1927年)は、邦訳で400字詰め8700枚の大著であり、余程の覚悟がないと読めませんが、それが10ページ以下に要約されています。

第1巻では、カミュ「ペスト」(1947年)、サマセット・モーム「月と六ペンス」(1919年)、カフカ「審判」(1914年)、ヘッセ「車輪の下」(1906年)、トルストイ「アンナ・カレーリナ」(1878年)など、近現代欧米文学の31作品が紹介されています。

19世紀末から20世紀半ばの作品が多く取り上げられており、文明の発達や市民革命、大戦など、激変の時代の精神史として読むこともできます。
本書を読んで興味を持った作品があれば、原著に取り組んでみるとよいでしょう。

要約されても原作の味わいが伝わってくるのは、筆者が原著に精通しているからに違いありません。

池上 彰(著)「ニッポン、ほんとに格差社会?」 (小学館 2006/10)

結論からいうと、実におもしろく、わかりやすく、役に立つ本です。

元NHKニュース・ジャーナリストの池上 彰(1950-)氏が、現代日本の実態を、豊富な統計データや諸外国との比較を通じて解き明かしていくものです。

「日本の政府は巨大である」
「日本の国民負担率は重い」
「日本でも格差が広がっている」
「日本の年金は少ない」
「日本人は働きすぎ」
「日本の男子は子育てしていない」
「日本はタバコに甘い先進国」、

このような話題を30ほど取り上げ、確かなデータに基づき検証し、「○・△・×」でその正誤を判定してます。
ちなみに上記の7例のうち、「○」と判定されたものは2つです(解答は後日・・・)。
一般に流布された日本の常識やイメージが、いかに不正確で偏ったものか、認識が改まり、まさに目からウロコの感があります。

池上氏はジャーナリストであると同時に、NHK「週間こどもニュース」のお父さん役(解説者)を、1994年から2005まで勤めた経歴の持ち主です。
その経験が、時事ニュースを誰にでもわかりやすく、納得できるように説明する技術となって、独特の説得力につながっていると思われます。

青木 利晴(編著)「効率化から価値創造へ―ITプロフェッショナルからの提言」 (NTT出版 2004/03)

IT化の進展が社会や企業の与えた影響について概観し、今後の方向性を予測した書です。執筆者はいずれもNTTデータの社員です。

インターネットや携帯の普及実態やその結果生じた変化など、既知の内容が多くなっていますが、いくつか興味深い指摘があります。

デジタル化・ネットワーク化・モバイル化の進展により、「パーフェクト・マーケット」「パーフェクト・コミュニティ」「パーフェクト・バリュー」の社会が実現しつつあるという、やや楽観的な分析から始まります。

そしてこのような社会において、新たな仲介業が必要とされているとのこと。IT化イコール「中抜き」とは限らないということです。

企業におけるIT化の影響については、IT投資が効果を発揮するまでにはある程度のタイムラグがあることが指摘されています。

そして今後のIT活用の方向として、効率化ではなく価値創造の重要性が説かれています。
価値創造を考える上で、「時間」に着目した視点がユニークです。
「欲しいものがない」という時代において、「企業が提供する商品やサービスが、消費者の費やす時間に対して、どれだけの情報価値を提供できるのかという競争になる」(p139)
市場規模を「時間」という単位で測定するという試みも行われています。

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