2008年3月アーカイブ

No.167 「エビと日本人 2 」

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村井 吉敬(著)「エビと日本人 2 - 暮らしのなかのグローバル化」(岩波新書 2007/12)

日本人の好きなエビについて、その養殖の現場で起きていることから流通・消費の実態まで、現地調査に基づくレポートと豊富な統計データを交えながら、問題を提起している書です。

著者による前書の「エビと日本人」は1988年に出版されています。
その後20年を経て、台湾で始まった大規模な集約養殖が東南アジア諸国に急速に広がったこと、ブラックタイガーから中南米産のバナメイへの変化、消費と生産における中国の台頭などが、大きなテーマとしてとり上げられています。

冒頭で、エビ養殖池のためにマングローブ林が伐採され、それがスマトラ島沖地震・津波の被害を甚大にした実態が伝えられます。
また、マングローブ林はエビの稚魚にとってもっとも安全な成育環境であるのに、そこを破壊して養殖池を作り、わざわざ稚魚を捕獲してきて過密な環境で育てるという方法への強い疑念を呈しています。
他にも、エビのウィルス感染、産卵を早めるため眼を切断するという行為の問題、抗生物質の残留、低賃金の現地労働者の実態など、エビという食品にまつわるさまざまな問題が報告されています。

このような問題はエビに特有のものではなく、バナナや他の農産物にも共通する問題でしょう。そして食糧自給率と食の安全確保や、食の南北問題などの経済構造が重なり、問題をいっそう複雑にしています。
食卓で見慣れたエビを通して、その背後にあるものを考えさせてくれる本です。

デニス・T・エイヴァリー,S・フレッド・シンガー(著),守岡 桜,山形 浩生 (訳)「地球温暖化は止まらない」 (東洋経済新報社 2008/2)

地球温暖化は1500年周期の気候変動によるものだという理論を、多くの科学的論拠によって主張している書です。

地球温暖化の原因としては、二酸化炭素などの温室効果ガスによるものだとする意見が大勢を占めていますが、本書は真っ向から異を唱えています。
「本書のねらいは、地球のほぼ一定した気候変動の大半を律する、太陽による穏やかで幅のある気候の一五〇〇年周期について、比較的新しいがすでにかなり強固な証拠を提示することだ」(第1章 p54より)

現在の地球温暖化は1850年に始まっており、過去にもローマ温暖期(BC.200〜AD.600年)と中世温暖期(900〜1300年)が存在したとのこと。
もし現在の温暖化の原因が二酸化炭素などであれば、1940年から始まって急激に進行したはずであるという。

そして周期的な気候変動をもたらす要因として、人間活動の影響はかなり少なく、太陽活動や宇宙線の雲形成への影響が大きいといった、さまざまな科学的証拠をあげて説明しています。

ニューヨーク・タイムズ誌のノンフィクション部門ベストセラーに載り続けた書であり、それだけ多くの人々の関心を集めた書です。
本書の主張をどのように判断するかは、読者に委ねられます。

「人々は、過去一世紀で全世界の人々に期待余命を三十年も追加してくれた科学的・技術的な進歩をあきらめてしまうのだろうか」(第1章 p50より)

この問いに、あなたはどうかと問われれば、・・・温暖化の主因が気候変動にあったとしても、人間活動の影響はゼロではないし、化石燃料を大量に消費する社会のシステムから次第に脱却したほうが、人間と地球の未来にとっては望ましい、と私は考えます。
環境問題全般にいえることですが、踏み絵として利用されることなく、本書のように客観的で科学的な事実に基づいて、理性的な議論と対応を行うことが必要でしょう。


 

No.165「戦後日本経済史」

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野口 悠紀雄(著)「戦後日本経済史」 (新潮選書 2008/1)

高度経済成長を支えた要因が、実は戦時体制化に構築された経済システムにあった、という視点から書かれた経済史です。

一般に、第二次大戦を挟んで日本は本質的に変わったかどうかについては、二つの見方があります(敗戦を機に変わったとする非連続論と、変わっていないとする連続論)。

著者は、第二次大戦下の経済政策や制度を「1940年体制」と呼び、この体制が戦後も継続することによって、その後の日本経済の方向が決まったと分析しています。
株主利益よりも規模の拡大を追求する企業、零細地主による生産性の低い農業、零細企業への国家財政による保護など、「戦時体制として作られた」基本的な枠組みによって、高度成長を経て、「世界でも稀に見る『平等社会』が実現した」ということです。
つまり、財閥解体や農地改革など、占領軍の制度改革は徹底せず、戦時体制が形を変えて存続したと見ています。

この体制において、銀行の果たした役割の大きさが注目されます。
戦前は直接金融が主であったものが、戦時下に間接金融中心への転換がはかられ、銀行の数も1492行(26年)から61行(45年)へと激減し、1県1行主義に移行しました。
この銀行を中心とした経済の仕組みは、バブル経済を経て現在まで大きな影響を及ぼしていることがわかります。

本書は、難しい経済理論で固められた書ではありません。戦後の日本経済の歩みを、政・官・財界のキーマンに注目して綴ったもので、経済小説のような趣も感じられる書です。

これらキーマンの人物像を窺い知ることのできるエピソードにも興味を覚えます。
たとえば、当時の田中角栄蔵相は、著者の大蔵省入省時の訓示に際し、20人の新人に対し、メモなど一切見ずに一人ひとりの名前を呼び、握手を求めたという。これが田中角栄の人心掌握術であったと、いつまでも消えない印象を残したということです。


 

林 國之 (著),キヤノンシステムソリューションズ(編)「ビジネスマンのための情報セキュリティ入門」(単行本 2008/01)

ビジネスマンの基礎知識として身に付けておいてほしいセキュリティに関する知識を、要点をおさえてわかりやすくまとめたものです。

内容は、情報セキュリティの現状、情報漏洩事故の防止策、インターネットや電子メールの安全な利用の対策、情報資産のライフサイクルマネジメント、情報マネジメントシステム、個人情報保護、事業継承管理など、情報セキュリティ全般を網羅したものになっています。

個人情報の漏洩やセキュリティに関わるトラブルの多くは、データの持ち出しやノートパソコンの盗難など人為的なものです。
また、仕事で使うパソコンにファイル交換ソフトをインストールしたための事故も後を絶ちません。
本書はこのような実態に則して、技術的な内容よりも企業における情報セキュリティポリシーや業務のルールづくりに力点をおいた記述となっています。

楽しく読ませる工夫はありませんが、職場に一冊備えておくと有用な書でしょう。

なお、情報セキュリティについて最新の情報を入手するには、独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)のサイトが役に立ちます。
http://www.ipa.go.jp/security/

伊藤 元重 (著)「キーワードで読み解く経済」 (NTT出版ライブラリーレゾナント 2008/02)

現代の経済学を理解するための基礎的な概念を、「囚人のジレンマ」、「モラルハザード」、「インセンティブ」、「物価」、「外部性」、「貨幣」など、20のキーワードを通して解説したものです。

それぞれの概念を説明するのに、キーワードとその背後にある経済学の考え方を説明し、身近な例に結び付けてわかりやすく説明しています。
たとえば、「補完と代替」というキーワードではネット通販とコンビニエンスストアを、「ネットワークの外部性」ではWindowsとMacを、「限界費用」では航空券の安売りやホテルのバイキングを例にして、その概念を説き明かしています。

本書で取り上げられているキーワード・概念は、経済学の基礎を学ぶのに必須のものが多くなっています。
経済学の教科書のように体系化されているわけではありませんが、現代経済学の入門書として読めると思います。
とっつきにくい経済学を、身近な話題を通して学ぶことができる書です。

斎藤 正男,川澄 正史(著)「ITで人はどうなる―人間重視の情報技術を」(単行本 2003/05)

ITの必要性は認めながらも、その使いにくさやわずらわしさがどうにかならないか、と感じている人にとって、溜飲を下げることができる一冊です。
著者は、現在までのIT社会は便利さと能率ばかり追求し、人間の気持ちについて深く考えていないことを示し、「それは間違いだ」と明快に主張しています。
また、問題が起こってから対応するという「後追い」ではなく、ITの将来と人間へ及ぼす影響を予測して、「前向きに問題を打開する道」を探った意欲的な書です。

著者は人間システム工学の専門家とのことで、IT機器と人間の接点であるインターフェースの設計に注目しています。
そして、パソコンやソフトウェアが、高齢者でも操作できるように設計されることが、技術の目指すべき方向であると訴えています。
パソコンの操作ができない人は講習会に通えばよいといった対策は、本末転倒であるとのこと。

「現在のIT機器の設計者たちは,ユーザは『やる気十分』で,『頭も体も全力で使うし,取扱説明書も読んでくれる』と思っている。これはとんでもない間違いだ」

「インターネットは『そのものずばりの答え』を教えてくれるから,自分で論理的に考える必要がない。『深く考える習慣』が失われてしまう」

ITに精通した著者であるがゆえに、論点は明確で具体的です。非専門家が抽象的な議論でITを批判した書ではありません。

考えてみれば、パソコンとは不思議な道具です。
電源を入れる操作(=本体のボタン)と切る操作(=マウスでクリック)が、これほど異なる機械は他にありません。家電製品なら、電源ON/OFFは同じボタンです。
また家電製品をはじめとする機器のIT化が、本当に付加価値を高めているのか疑問に感じることあります(むしろ「負荷」価値か)。

人間がIT機器の都合に合わせざるをえないことがいかに多いか、そしてそれがいかに不合理なことか、大いに気づかされる本です。

日経コンピュータ(編)「動かないコンピューター ― 情報システムに見る失敗の研究」(単行本 2002/12)

日経コンピュータ誌が、システム開発・導入の「失敗」事例をとりあげた人気記事を一冊にまとめたものです。

銀行など大規模なシステムから中小企業の事例まで50件がとりあげられ、失敗の原因が分析されています。雑誌連載記事は実名が基本でしたが、本書では匿名で表記されています。
金融機関のオンラインシステムのダウン、光電話のトラブル、携帯メールの遅延など、大規模なシステム障害は時々報道されています。

本書では、開発の遅れ、膨れ上がる費用、構築途上での廃棄、期待した性能がでない、導入時の混乱による売上の損失、システムの停止など、頻発するトラブルの代表的な事例と、その原因が分析されています。

特に第四章「中堅・中小企業が失敗する十一の理由」が興味深く読めました。
それによると、検収作業が不十分、ベンダーの力量不足や業務の理解不足、指導が足りず顧客がシステムを運用できない、システム専任要因の不在、顧客と開発企業の役割分担があいまい、人間関係のこじれなど、いずれの要因も中小企業のIT化に携わった方なら納得して読めるものと思います。
たとえ小規模なシステムであっても、他の人に使ってもらうシステムをつくるということは、骨の折れる仕事であることを再認識させられます。

 

No.160 「21世紀日本の情報戦略」

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坂村 健(著)「21世紀日本の情報戦略」(単行本 2002/03))

米国モデルに追随したIT戦略ではなく、日本と日本人にあった情報活用戦略が必要であることを強く訴える書です。

第1章では米国のドットコム・バブル崩壊を分析し、第2章では米国と日本の本質的な違いを論じ、第3章で今後の日本の情報社会がめざすべき方向を指し示しています。

TRONプロジェクトの生みの親である坂村氏の主張は、一貫しています。
人間の都合に合わせたコンピュータの必要性、マイクロソフトとインテルによる独占への批判、ユビキタス社会への指向などは、他の著書でも主張されてます。
そして日本の情報戦略として、ITによるエネルギー削減、文化の継承、教養教育の現代化など、情報化社会のあり方について確固たる理念と哲学を訴えています。
多文字言語を扱うための文字コード体系の問題には多くのページが割かれています。
文字とはその国の文化を支える基盤であり、Unicodeのように似た文字だから一緒にするというのは、アルファベットしかない国の発想。TRONプロジェクトから生まれた「超漢字」では18万文字が扱える仕様になっています。

技術とビジネスが先行するIT社会において、業界の力関係や一時のブームに流されない坂村氏の主張は潔く、すがすがしさを感じます。
デファクト・スタンダードのまわりに人と金が群がるIT社会のあり方への、アンチテーゼの書といってもよいでしょう。

坂村氏が推進してきたTRONは、パソコン用OSとして普及することはできませんでした。しかし、組込み制御用OSとして、デジタル家電や携帯電話、自動車など数多くの工業製品に広く普及しています。

 

桜井 哲夫,大榎 淳,北山 聡(著)「入門講座 デジタルネットワーク社会―インターネット・ケータイ文化を展望する」 (単行本 2005/01)

タイトルにあるように、現在のデジタル化社会、ネットワーク社会を理解するための基本的な知識をまとめたものです。執筆者の3人は、東京経済大学コミュニケーション学部の教員です。

内容は、デジタルネットワーク社会の基礎知識として、コンピュータの歴史、インターネットの誕生などの歴史が紹介され、またデジタルネットワーク社会の諸問題として、ネット社会の文化、ネット社会の社会運動、ケータイ文化などが論じられています。

同大学の学生を対象にしたアンケート結果を紹介しながら、デジタルネットワーク社会の心理を分析した視点はユニークです。

随所に「キーワード」解説があり、アラン・ケイとアルト、ICANN、青空文庫など、コンピュータ社会を理解するうえで重要な人物や用語が45ほどとりあげています。
現在のIT社会に関わる話題を幅広く扱い、一般向けに平易に説明しています。
IT社会を理解するための教養書として読んでほしいと思います。

ジェームズ・アレン (著),薛 ピーター(訳)「人は心の中で考えたとおりの人間になる」(サンガ新書 2008/01)

生きるために本当に必要なことは、正しい思考であるというきわめてシンプルな原則を説いた本です。

著者のジェームズ・アレン(1864-1912)はイギリス生まれの哲学者で、本書「AS A MAN THINKETH」は、世界中で読まれ続けています。

幸不幸も、成功も、健康も、すべての原因は本人の考えの結果であり、環境は関係ないということです。
よい考えをもってすごせばよい人生が開け、悪い考えをもってですごせば悪い人生になる、言いかえれば、善因善果・悪因悪果に尽きるということでしょう。
どんな思考も、浮かんではただ消えていくものではなく、心の中に堆積し、かならず何らかの影響を及ぼすとすれば、思考が人生の鍵となることは納得できます。

全編にわたり、詩的で、穏やかな雰囲気に包まれた本です。

「あなたの理想は、
あなたがいつかそうなるという約束です。
あなたの理想は、
あなたが何になるかの予言です。」(P142 「夢と理想」より)

本書は対訳本なので、原文の表現を味わうこともできます。

 

高橋昭男(著)「大切なことは60字で書ける」

「短さ」こそすべて!と、本書の帯に大書されているように、人に文章で何かを伝えようと思ったら、短い文章で書くことが大切であることを説いた本です。

著者はテクニカルライティングの専門家で、本書では日常生活で使うさまざまな文章について、短く書くことを基本にそのポイントを伝授しています。

60字の根拠については、天声人語の文章が1文30字前後であり、この字数にまとめるのは少々荷が重いのでその2倍の60字程度が妥当と考えたとのことです。これは著者の経験則といってよいでしょう。
また読む人の集中力は400字程度が限界ということで、そう考えると400字詰め原稿用紙は理に適った道具といえます。

伝えたいことを短くまとめるための基本として、キーワードを見つけること、目的語を見つけて要約することなど、具体的な例を示しながらわかりやすく解説されています。

ちなみに、ここまで書いた文章の各段落の字数は、68、68、94、56、78字となりました。使っているエディタ(秀丸)では1行が40字に設定されているので、1行半でちょうど60字ですね。

 

金子 勝(著)「経済大転換―反デフレ・反バブルの政策学」 (ちくま新書 2003/10)

現在の経済財政政策の問題点を鋭く抉り、日本と米国の経済・社会がこのままでは破綻するという警告を発する書です。

その根本原因として金子勝(1952-)氏が指摘しているのは、ひとつには、双子の赤字を抱えながら、「株バブル」と「住宅バブル」を繰り返すことによって個人消費を維持してきた米国経済の構造的な問題です。冷戦終結後の、米国の一国決定主義(ユニラテラリズム)にも異を唱えています。

日本経済の基底にある問題として強調しているのは、いまだバブルの痛手から回復していない銀行の財務構造の問題です。
貸倒引当金が過小なために不良債権の思い切った処理が難しく、結果的に中小企業に対する貸し渋りや貸し剥がしによって自己資本比率8%を維持せざるを得ないという分析は、明快で参考になります。

2003年10月の刊行ですが、その後の米国の住宅バブル崩壊のメカニズムを正確に予測しています。また当時の日本の財政・金融責任者に対する批判は辛辣です。
日本の経済構造を転換する処方としては、戦略的思考を持つこと、年金改革(基金運用ではなく、所得に比例する社会保障税への転換を図る)、企業再生の必要性(RCC任せでは問題は解決しない)などを具体的に提言しています。

No.155 「地獄は克服できる」

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ヘルマン ヘッセ (著), フォルカー ミヒェルス (編),岡田 朝雄(訳)「地獄は克服できる」 (単行本 2001/01刊)


ヘッセの著作は3冊目の紹介となります(No.22「わが心の故郷 アルプス南麓の村 」、No.79「人は成熟するにつれて若くなる」)。この書も同じ編者・訳者による詩文集で、草思社から発行されています。

文豪ヘッセに似つかわしくないタイトルですが、これは次の文章からの引用です。

「地獄を目がけて突進しなさい。地獄は克服できるのです」(p119「断章11 1933年頃」)

ヘッセの人生は(特に40歳頃までの前半生は)、悩み、挫折、社会の無理解や敵意に苦しめられたものであったことはよく知られています。
本書はヘッセ自身が悩みと苦しみのなかで、何を考え、どのようにして心の平安を見出そうとしたのか、その苦闘の記録といってもよいでしょう。

全体的に重く深刻な文章が多くなっていますが、老年のヘッセが時おり見せる穏やかな表情と、ある達観に救われる気がします。

ヘッセほどではないにしろ、取り越し苦労が多い私のような人間は、次の文章に大いに考えさせられました。

「彼の生涯が、ひとつの高い山脈の尾根から見渡せる。森や谷間や村などのある一帯の土地のように、彼の眼前に広がっていた。何もかも申し分なかったのであった。素朴で、よいものであった。そして何もかもが彼の不安のせいで、彼の抵抗のせいで、苦痛と葛藤に、悲嘆と悲惨の身の毛もよだつ狂乱と危機に化したのであった!」

老年のヘッセは、穏やかでよい表情をしています。運命に歩調を合わせて生きることによって、地獄を克服する術を身に付けたのかもしれません。

No.154 「人間を幸福にする経済」

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奥田 碩(著)「人間を幸福にする経済―豊かさの革命 (PHP新書 2003/10)

2003年1月に、日本経済団体連合会が発表した「新ビジョン」の内容を、会長の奥田碩(1932-)氏が解説したものです。

内容は、企業経営、成長戦略、少子高齢化、行財政・消費税、年金・社会保障、地域社会・居住環境、教育まで、現代日本の懸案事項のほとんどを網羅する内容となっています。

本書の基本的な主張は、市場経済を基盤とする構造改革を推し進めながらも、その負の影響を最小限に抑えるとともに、少子高齢化社会においても持続的な経済成長を達成するために何をなすべきかということにあります。

そのためには、個人を社会の中心にすえた、多様性とゆるやかな連帯の社会への転換が必要であることが強調されています。
本書で提起されている消費税18%論やベアに対する考え方、「メイド・バイ・ジャパン戦略」、欧州統合に倣った「東アジア自由経済圏構想」などは、企業経営者としての現実的な解といってよいでしょう。

本書は日本経済団体連合会としての政策提言であり、タイトルから想像されるようなユートピア論ではありません。
財界のリーダーたちが、日本という国家をどのように経営しようとしているのか、その思想に触れることができる書です。

No.153 「ライト、ついてますか」

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ドナルド・C・ゴース,G.M.ワインバーグ(著),木村 泉 (訳)「ライト、ついてますか―問題発見の人間学」 (単行本 1987/10)


問題を「解決したい」という根源的な欲望に負けないで、まず問題の発見と定義に注意を注ぐことがいかに重要であるかを教えてくれる本です。
著者はいくつかのエピソードを通して、それは「誰の問題か」、「問題は何か」ということを徹底的に追求します。


「問題とは、望まれた事柄と認識された事柄の間の相違である」(p15)

「解法を問題の定義を取り違えるな。ことにその解法が自分の解法であるときには注意(p41)」

「問題の出所はもっともしばしばわれわれ自信の中にある」(p118)

ワインバーグの他の著作と同様、独特のユーモアと逆説に満ちた本で、初めて読む人は面食らうかもしれません。
しかし途中で投げ出さないで最後まで読んでみると、ワインバーグの世界の奥深さが実感できると思います。
常識や通年で凝り固まった思考に、大きな揺さぶりをかける本でもあります。

ナンシー・F.ケーン(著),樫村 志保(訳)「ザ・ブランド―世紀を越えた起業家たちのブランド戦略」 (Harvard business school press 2001/11刊)

18世紀の「ウェッジウッド」から1980年代の「デル・コンピュータ」まで、世界的な有名ブランドについて、起業家の生い立ち、ブランドの誕生、成長、組織の変革などを歴史学者の視点で分析したものです。
取り上げているブランドは上記の他に、「エスティ・ローダー」、「ハインツ」、「マーシャル・フィールド」、「スターバックス」の計6ブランドです。

著者は冒頭で「起業家、そして彼らと消費者の関係について筆者が抱いていた一連の疑問を形にしたものである」と述べているように、顧客関係が本書の大きなテーマとなっています。
歴史学者らしいアプローチの書で、膨大な資料を紐解いて、起業家の生涯や、当時の時代背景について多くのページが割かれています。(ジョサイア・ウェッジウッドの孫がチャールズ・ダーウィンであるといった興味深い事実も紹介されています。)

著者は、これらのブランドが世界的なブランドとして認知された要因として、社会・経済の変化が消費者ニーズや欲求に与える影響を理解していたこと、顧客との関係を築き上げたこと、買い手を満足させ好みの変化を予測するための組織を作り上げたことを指摘しています。

たとえばウェッジウッドの章では、同社が、
・製品の開発、改良に力を注いだこと
・中産階級の台頭に伴う上昇志向と模倣消費という機会をとらえたこと
・王侯貴族御用達というイメージ形成に力を注いだこと
・製品に自分の名前を押印し模倣品を排除したこと
・ショールームの開設などの近代的マーケティング手法を導入したこと
・労働者の組織化や生産管理の導入により品質の安定をはかったこと
などが、ブランド確立につながったことがわかります。

ブランド論は多々ありますが、ブランド確立の要因を、歴史的事実の積み重ねと、顧客関係から追求した視点に、学術書としての深みが感じられます。

No.151 「創造する経営者」

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ピーター・F・ドラッカー(著),上田 惇生(訳)「創造する経営者」(ドラッカー名著集 2007/5刊)

ドラッカーの3大古典(*1)のひとつで、事業戦略をテーマに幅広い分野を扱っています。
初版は1964年ですが、経営分野に戦略的視点を持ち込んだという点で、画期的な名著と評されています。

経営者に必要な視点として、事業、製品、業績、コストなどの分析と、顧客とマーケティング、卓越した知識の重要性、強みを生かして機会をとらえることなどが説かれており、現代の経営戦略論としてもそのまま通用するものです。

「企業の内部には、プロフィットセンターはない。内部にあるのは、コストセンターだけである」(第1章 企業の現実より)
この示唆に富んだ一文でわかるように、ドラッカーの文章は、論理的で歯切れがよく、主張は明快、経営の核心をつく洞察力はさすがと感じます。
(*1)『経営者の条件』『現代の経営』

ビル・ゲイツ (著), 西 和彦 (訳)「ビル・ゲイツ未来を語る」 (単行本 1997/05)

インターネット社会が離陸した時代に、ビル・ゲイツ(1955-)が何を考え、どのような未来予測をたて、マイクロソフト社(1975-)がどこに進もうとしていたのかを知ることができる本です。
本書出版から10年を経過した現在、ビル・ゲイツの展望の多くは現実のものとなり、情報化社会のたどってきた方向も予測に合致していることがわかります。

本書が書かれた時期は、ちょうどマイクロソフト社にとって分水嶺となった時期でした。
90年代初め、マイクロソフトはインターネットの影響を過小評価しており、独自のパソコン通信サービス(MSN)を提供していました。またブラウザの開発でネットスケープに遅れを取ったことも周知の事実です。

マイクロソフトの歴史を振り返ってみると、同社は時代の最先端を走っている企業ではないことがわかります。
二番手の位置に付けながら、時代の変化を注意深く読み最適なタイミングを捉えて戦略を実行してきた手腕は見事です。
パソコンOSの圧倒的なシェアと資金力、マーケティング力という強みを生かして、成長分野でトップの座を奪い取る、それが同社の基本的な戦略であるといえます。

ビル・ゲイツが情報化社会の行方を正しく見据え、マイクロソフトを巨大企業に成長させることができた要因としては、技術を完璧に理解した戦略家という資質が大きいと思います。
また、同社がソフトウェアを生業とすることも成功要因と考えられます。
ソフトウェアには、プログラムしだいで何でもできるという柔軟性や、大規模な製造設備を必要としないこと、製品開発に成功すれば限界費用が極めて少ないといった特性があります。
これらソフトウェアの持つ特性は、企業が環境変化に対応して生き残るための大きな鍵となります。
ハードウェアメーカーの多くが、急激な技術革新とコンピュータの利用形態の変化によって淘汰されたことと比べれば、その違いは非常に大きいと思います。

今年に入り、マイクロソフトは再び大きく戦略を転換しました。Windows Vistaやオフィスソフトのソースコードの無償公開です。
オープンソースやWeb上のさまざまなサービス拡大に対抗した戦略であることは明らかです。
「成功した企業であっても、自己改革をつづけてトップにとどまれることを証明すること−それがいまのわたしの目標だ」(p134)

ドロシー・ロー ノルト,レイチャル・ハリス(著),石井 千春(訳)「子どもが育つ魔法の言葉」(PHP文庫 2003/09刊)

多くの国で翻訳されてベストセラーとなっている、親の心構えを説いた本です。
著者が1954年に書いた「子は親の鏡」と題した詩が有名になり、いつのまにか一人歩きを始めたため、その真意を伝えるために書かれたのが本書といってよいでしょう。
冒頭にその詩が掲げられていますが、この詩だけでも本書を読む価値はあるでしょう。
「けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる
 とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる
 ・・・・・
  和気あいあいとした家庭で育てば、子どもは、この世の中はいいところだと思えるよう  になる」
この20行の詩に沿って、日常の具体的なシーンでどのように子どもに接すればよいのかが説かれています。
内容は時代と地域を越えた普遍的なもので、子どもをひとりの人間として丁寧に扱い、子どもの立場になって心を導いていくことの大切を教えてくれます。。
また必ずしも子育てだけではなく、職場や社会のなかで、人とどう接すればよいのかという人間関係の視点で読んでも、大きな気づきが得られるでしょう。

No.148「グローバル経済を学ぶ」

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野口 旭 (著)「グローバル経済を学ぶ」 (ちくま新書 2007/05刊)

最近はグローバル経済に対して批判的な論調が多いなか、本書は比較生産費説の観点からグローバル経済を肯定的に論じた書です。

著者はリカードの比較優位と国際分業論に立脚して、自由貿易の世界では経済のグローバル化は必然であり、比較優位にある産業に特化することが経済にとっても国民にとっても利益につながることを一貫して主張しています。

つまり日本経済では、比較劣位にある産業(たとえば農業)は衰退し、比較優位にある産業(たとえば自動車)が成長するのは当然のこととなります。それによる社会の構造変化も不可避であるとのこと。
また、国際競争主義、保護貿易、幼稚産業保護政策などは不要なものと指摘しています。

論旨は一貫しており、さまざまな経済学者の理論についてもその対立点が非常にわかりやすく説明されています。

読み進めるうちに、なるほどど思いながら、では構造変化の過程で生まれる弱者(衰退産業に関わる人びと)はどうなる、という思いが生じます。
また日本の場合、食品の安全性や食料安保といった視座を持ち込めば、必ずしも比較優位な産業への特化だけでいいのかとも思います。

著者は最後でこのような問題に言及しており、経済成長を重視するか社会の安定を重視するかは、われわれの社会が全体として抱いている集合的な価値判断に依存する、と述べています。

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