2007年11月アーカイブ

No.90 「第三の波」

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アルビン・トフラー(著),徳岡 孝夫 (訳)「第三の波」 (中公文庫)

 

社会の構造的変化をダイナミックに捉え、その本質に迫る筆致を得意とするアルビン・トフラー(1928 - )の代表作です。

単行本は1980年の出版ですから、パソコンもインターネットも普及する前の時代です。トフラーの未来予測はどの程度当たったのでしょうか。

トフラーは時代の変革を「波」の概念でとらえ、第一の波は「農業革命」、第二の波は「産業革命」、そして第三の波は「脱産業化」と分類しています。

本書が執筆された当時は、ちょうど第二の波の社会(煙突型産業による大量生産・大量流通・都市の成立・規格化・同時化)から、第三の波の社会への移行期にあり、この変革は歴史上最大のものであると指摘しています。

このような時代変革の影響は、産業・生活・文化芸術など多方面に及びます。

例えば、第二の波の社会の到来によって、多くの聴衆を一ヶ所に集めて音楽を興行する必要が生じたために、大音量のオーケストラが考案されたというように、芸術さえも変革の影響から免れることはできないわけです。

そして、第三の波への移行ではさらに大規模で広範な変化が起こり、波頭がぶつかって砕けるように、旧勢力と新勢力の衝突や混乱が生じていると捉えています。

トフラーが予測した変革の多くは、現実のものとなっています。

「特別な教育を受けた専門家の手を必要としない安くて小型のコンピューターは、やがてタイプライターのように、どこにでも見られる存在になるであろう。」(第14章情報に満ちた環境 より)

またトフラーは、「マス・カスタマイゼーション」や、「生産=消費者(プロシューマー:Producer+Consumer)」という造語を用いて、消費者が製品の企画段階から参加するような、新しい産業の姿を予測していました。

トフラーの描いた未来の多くは現実のものとなりました。

その一方で、トフラーの予測を超えて進行したものもあります。その代表はインターネットでしょう。

WWW(World Wide Web)が登場するのは、「第三の波」から12年後の1992年です。

ピーター・メイル (著),池 央耿 (訳)「南仏プロヴァンスの12か月」 (河出文庫)

 

初版は1989年で、当時プロヴァンスブームを巻き起こした本ですが、その後も読み継がれ1996年に文庫版が出版されています。BBCがテレビドラマ化し、NHKでも放送され話題となりました。イギリス紀行文学賞を受賞しています。

地元の食材を使った豊かな食文化、南仏の美しい自然、地域の行事や風習、さまざまな人々との出会いなど、プロヴァンス地方に移住して1年間の出来事が展開されています。

私は、老夫婦の経営するレストランの話や、南仏の季節の移り変わりを感じさせる文章が心に残りました。

もちろんプロヴァンスといえども天国ではなく、なかなかはかどらない自宅工事や、治安の悪さなど、そこに住んだ人でなければわからない現実の問題も語られますが、怒りや深刻さは微塵も感じられません。

著者のピーター・メイルは、元はロンドンの広告会社の第一線で働いていた経歴の持ち主です。そのためか、楽しく読ませる技術に長けているようです。独特のユーモアに満ちた文章も魅力です。

観光ガイド的な南仏讃歌ではなく、豊かな自然と食文化、土地に根ざした人々の飾らない暮らし、ゆったりと流れる時間などを通じて、おだやかな気持ちで過ごすことの大切さを教えてくれる本です。

No.88 「生き方の研究」

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森本 哲郎 (著)「生き方の研究」(PHP文庫)

 

古今東西の先人の生き方をたどることにより、生き方について深く考えるように促してくれる本です。

本書(PHP文庫)は、新潮選書として「正」(1987年)と「続」(1989年)が刊行されたものを、1冊にまとめ文庫化したものです。

登場するのは、古代ローマ時代のセネカに始まり、陶淵明、与謝蕪村、カント、兼好法師、シュリーマン、アインシュタイン、正岡子規、老子、小野小町、キケロ、石川啄木、白楽天、北斎、孔子など、39人に及びます。実在の人物だけでなく、ロビンソン・クルーソーや坊ちゃんなど、小説の主人公も登場します。

本書の特徴は、「かく生きるべし」という規範的な偉人伝に終わっていないことです。

各章には「人生の短さについて−セネカ」、「よき晩年について−王安石」というようにさまざまなテーマが設けられています。

最初に著者から問題提起がなされ、読み進むうちに著者とともに考えるよう促され、そこに先人が生きた事例として登場するという絶妙の構成になっています。

著者は、カントの三批判書(*1)に挑戦した学生時代や、シュリーマンの発掘の舞台を訪れたときの体験などを思い起こしながら、深く思索を巡らし、「生き方の研究」を展開しています。

血の通った人生論であり、充実した読後感が得られる良書です。

(*1)「純粋理性批判」、「実践理性批判」、「判断力批判」。

高橋 昭男 (著)「ザ・テクニカルライティング―ビジネス・技術文章を書くためのツール」

 

出版されたのは1993年とやや古いものの、正しいビジネス文章・技術文章を書くための実践的で非常に役に立つ本です。

著者は「もっと良い日本語を書きたいという一心で」いろいろな文献を読み漁り、200万字に及ぶデータベースとして整理したとのことです。その資料を活かして生まれたのがこの本です。

内容はきわめて具体的、かつ実践的です。

・「技術文章では正確さと品位を必要条件とし、わかりやすさ、読みやすさを十分条件とする。」(技術文章の四大要素 より)

・「1文50文字以内に収める」(短い文章を書く より)

・「5時にならないと帰って来ません」というような、二重否定の文章は避ける」(明確な文章に徹する より)

・「箇条書きの文章には、句点(。)を付けない。」(もっとスリムに より)

・「推定の文章はマニュアルでは使えない。」(日本語の特徴を活かす より)

他にも、形容詞や助詞の正しい使い方、同音/同訓語の使い分け、読点の付け方などについても、具体例をあげて詳細に説明されています。

報告書や日報、企画書やプレゼンテーション資料、電子メールなど、ビジネス文章を書くことは、仕事のなかでも大きな位置を占めています。

また製品のマニュアルなどは、誤解を生む記述があれば大きな問題を引き起こす恐れがあります。

このようにビジネス文章を書く機会は非常に多いのに、そのための体系的な教育を受けた覚えのある人はほとんどいないのではないでしょうか。。

一冊備えておいて時折目を通すだけでも、文章の品質が向上すると思います。

No.86 ウェブ社会の思想

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鈴木 謙介 (著)「ウェブ社会の思想―〈遍在する私〉をどう生きるか」

 

本書はWebを中心とする社会のIT化が及ぼす影響について、社会心理学的な側面から論じたものといえます。

サブタイトルにある「遍在する私」とは、Webへの依存やユビキタス社会の進展により、「『わたし』という存在が、蓄積された個人情報の方に代表されるようになり、そしてその『情報としてのわたし』があらゆる場所に、わたしを先回りして立ち現れるようになるということを意味している。」ということです。(序章 ウェブ社会の「思想」と「宿命」 より)

身近な例では、Web上で買い物をすると個人の購買履歴が蓄積され、レコメンデーション(recommendation)システムにより、おすすめ商品が提示されたり個人ごとに異なるページが表示されたりします。

またユビキタス社会の例では、児童が学校の門を通った時刻が記録され、保護者の携帯にメールが届くというシステムがすでに稼働しています。

このようにWebへの依存とユビキタス化が日常化することにより、「自分の人生はすでに決まっている」という宿命的決定論にまでつながっているのではないかというのが、著者の問題意識です。

IT革命が、あるいは情報化の進展が社会に与える影響を論じた著作は数多くありますが(*1)、宿命論という視点で論じているのが本書のユニークな点です。

そして著者は、このような社会における「希望」のありかを探っています。

「ひとつだけ言えることがあるとすれば、それは『宿命』などではなく、まだ私たちの選択に開かれている未来のひとつでしかないということだ」(第7章 宿命と成長 より)

(*1)「グーグル革命の衝撃」(No.8)、「ユビキタスとは何か」(No.10)、「富の未来」(No.58)、「ウェブ進化論」(No.72)、「ウィキノミクス」(No.81)などを紹介しています。

No.85 「汽車」

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「汽車」(岩波写真文庫 赤瀬川原平セレクション 復刻版)

 

1950年代に発行された岩波写真文庫を、装丁も含め忠実に再現したシリーズです。

同写真文庫の編集長格の名取洋之助によると、「文学と写真をうまく組み合わせ、写真に語らせたい」というのが編集方針であったとのことです。写真の魅力を作品として活かすよりも、素材や部品として扱うという方針が、写真文庫の特徴となっています。

本書は、汽車(蒸気機関車が中心です)や鉄道運行に関わるテーマを扱ったもので、汽車の仕組みや整備の様子、線路の保守、信号の仕組み、トンネルや鉄橋の建造方法まで説明されており、鉄道図鑑といってもよい内容になっています。

広田尚敬氏の鉄道コラム(*1)で本書を知り購入したものですが、読み進めるうちに懐かしさを越えたある感慨が湧いてきます。

それは鉄道の運行、整備、保線作業などが、いかに多くの人の手によって支えられていたかということです。

毎年平均160万人以上が招集されたという除雪作業や、過酷な保線作業などが、リアリティを持って伝わってきます。

現代では、電車が時刻どおり運行することはあたりまえのことと感じていますが、司令室でモニターを眺めているだけで列車が動くわけではないのです。

本シリーズ復刻の意味は、50年前の日本社会の雰囲気を伝えてくれるだけではないようです。

・ (*1)広田尚敬の鉄道コラム:http://tetsudoshashin.com/colum/index.html。リリカルかつダイナミックな作風で知られる鉄道写真の第一人者です。

後久 博 (著)「農業ブランドはこうして創る 地域資源活用促進と農業マーケティングのコツ」

 

サブタイトルに「地域資源活用促進と農業マーケティングのコツ」とあるように、今年話題となっている地域資源の活用や地域ブランドの構築、販路拡大などに関わっている方にはぜひ読んでほしい本です。

ヒット農産加工品の開発事例、農業ブランドと工業ブランドの本質的な違い、ブランド・マーケティングの基礎知識、生鮮ブランド100の解説、地域資源活用促進法(*1)と食料産業クラスター(*2)の概説など、農産物のブランド創りや販路開拓に関する総合的な知識が得られます

本書で指摘されている農業ブランドと工業ブランドの違いとは、かなり重要な問題です。農業ブランドは生命系ブランドであり、規格化になじまないこと、地域性と切り離せない関係を持っていること、責任保証の主体がわかりにくいことが指摘されています。

このような特性を持った農業ブランドについて、開発のポイント、地産地消の販売戦略、全国直販の販売戦略、PR戦略と広告戦略、ネット販売などのコツが具体的に解説されています。

また、現在の主要な農産物ブランドについての情報も、お米ブランド、青果物ブランド、牛肉・豚肉・鶏肉ブラント、水産物ブランドというカテゴリーで体系的にまとめられており、事典としても活用できます。

(*2)食料産業クラスター展開事業関連情報 http://www.syokuryo.maff.go.jp/syokuhin/cluster/cluster.htm

ダイヤモンド社 (編)「世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)」  

現代の経営に必要なムラのない知識と教養を得るために、「何を読めば良いか」を教えてくれる本です。

書店の店頭には、刺激的なタイトルをつけたビジネス書や自己啓発本が氾濫しています。パラパラとページをめくっただけで、雑談を書き起こしたことがわかるようなものもあり、玉石混淆といった状態でしょう。

本書で紹介されているのは、経営に関する書籍のなかでも、一時の流行や話題に終わった本ではなく、ある程度の年月を経て評価の定まった本、経営や経済全般に広範な影響を与えた本です。

いわゆる名著と呼ばれるもののガイドブックとなっており、各著作の概要やラーニングポイント、影響、意義などを知ることができます。

紹介されている77冊を読破することは容易ではありませんが、紹介文を読んで、興味を覚えたものをピックアップして読んでみるだけでも良いでしょう。

どのような本が「世界で最も重要」なのか、その答えは人それぞれで定義は難しいでしょう。本書は、これぐらいは読んでおいた方が良い、という本のリストといえます。

ただし「国富論」、「君主論」などの古典をじっくり読み解くというのは、学生時代のように時間に余裕がないと難しいかもしれません。

このブログで紹介した著者では、P.F.ドラッカー、A.トフラー、D.カーネギーが登場します。

紹介されている77冊のうち、私が読んだ本は数冊に過ぎません。

日暮れて道遠しの感がありますが、読書は気長に取り組みたいものです。

なお出版社の紹介文には、「この1冊で、ビジネスに対する深い洞察と知識、歴史観が得られます」とありますが、もちろん原著を読まずしてできるわけではないので、念のため。

No.82 「モノができる仕組み事典」

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成美堂出版編集部(編)「モノができる仕組み事典」

 

読んでためになり、眺めて楽しい本です。

パソコン、プラズマテレビといったメカトロ機器から、自動車やジェット機などの乗り物、またティーバッグやカップめんなどの食品や、スニーカーやコンタクトレンズなどの生活用品まで、50種の製造工程を、実際のメーカーの現場写真を使って説明しています。

例えば「自動車ができるまで」では、鋼板のプレス加工、溶接、塗装、エンジン、車体組み立て、完成検査までの工程が写真とともに紹介されています。V6エンジンのシリンダーが左右にずれていることや、エンジンはボディの下部から押し込むように取り付けることなど、製造現場でなければわからない部分を知ることができます。

他にも、セルロイドの板がピンポン玉になるまでの工程など、初めて目にするものが沢山あり、興味深く読めます。

また、乗り物や音楽・スポーツ用品などは、人の手による工程が多いこともわかります。

このように、まるで小学生の頃の工場見学のような体験ができます。

モノ作りの復権という大袈裟なことを考える前に、私たちの身の回りにあるモノがどのようにしてできているのか、その現場を知ることの大切さを教えてくれる本です。

No.81 「ウィキノミクス」

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ドン・タプスコット/アンソニー・D・ウィリアムズ (著),井口 耕二(訳)「ウィキノミクス マスコラボレーションによる開発・生産の世紀へ」

 

聞き慣れないタイトルだと思いますが、ウィキノミクスとはwiki(*1)とeconomicsを合わせた造語で、インターネットを使った人々のコラボレーションによって生まれる新しい社会・経済の仕組みを意味します。

冒頭で、ある鉱山会社の事例が紹介されています。この会社では地質データなど最も重要な企業秘密と思われていた情報をインターネットで公開し、新たな金鉱脈のありかを探索した人には賞金を出すというプロジェクトによって、数多くの鉱脈の探査に成功しました。経営的にも破綻の危機から救われ、企業価値は30倍にもなったということです。

ウィキノミクスを支える原則は、「オープン性」、「ピアリング(水平型の新しい組織構造)」、「共有」、「グローバルな行動」の4つであり、いままでの企業活動を支えてきた諸原則とは異なるとのことです。

知的所有権で守られた製品を販売する企業にとっては、無償で入手できるソフトウェアや知識、作品などは、既存のビジネスモデルを破壊する勢力となります。

また、LinuxなどのオープンソースやWikipedia、プロシューマーなど、権威の裏付けのない共同作業には「集合痴」に陥る恐れも指摘されています。

しかし、先の事例でわかるように、自発的な共同作業による活動は、既存の企業のビジネスモデルと必ずしも対立するわけではなく、むしろ積極的に活用する企業には大きな利益をもたらすというのが、本書の主張です。

歴史の転換点となる本当の変革のなかで、企業がどのような戦略を選択すればいいのか、大きな気づきを与えてくれます。

「ひとつだけ変わらないものがある。人類の英知を取り入れ、それを新しく有益な製品に転換できた組織や社会が勝つという点だ。・・・イノベーションを続けていくためには、転換の内容を理解し、それに伴う戦略の転換を考える必要がある。これからは、国や文化、専門、企業の枠を越え、さらに多くの人々とコラボレーションするか、消え去るかの二者択一なのだ。」(ウィキノミクスの世界に生きる より)

本書自体も、「書籍という概念を打ち破ろうとしている」とのことです。

身の回りで展開している様々な事象から、時代変革の潮流を見いだすという視点には、トフラーの「第三の波」と共通するものを感じます。

(*1)ブラウザから直接Webサーバ上の文書を書き換えるシステムやコラボレーションツール。

No.80 「話し方入門」

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D.カーネギー(著),市野 安雄(訳)「話し方入門」

 

自己啓発本としてあまりにも有名な「道は開ける(No.61で紹介)」、「人を動かす」の著者であるデール・カーネギーの原点ともいうべき著作です。

話し方教室の講師であったカーネギーは1926年に”Public Speaking and Influencing Men in Business”を著していますが、それを編纂し直したものが本書です。

カーネギーは、良い話し手になるための秘訣として次のような要素をあげています。

・勇気と自身を養うこと

・周到に準備すること

・有名演説家に学ぶこと

・わかりやすく話す

・聴衆に興味を起こさせる

・言葉づかいを改善する

他にも、態度と人柄について、スピーチの始め方・終わり方などについて、具体的にどのように行動すればよいのかが説かれています。

「自分の個性を最大限生かしたいと思うなら、しっかり休養してから聴衆の前に現れましょう。疲れた話し手には人を引きつける力も魅力もありません。」(第7章 話し手の態度と人柄 より)

本書でカーネギーが述べている内容は、ほとんどそのまま現代でも通用するものです。

プレゼンテーションにおいても、「話し方」が聞き手に最も大きな印象を与えます。

話し方を学ぶことに抵抗を感じる人が多いようですが、ひとつの技術、技能として学びたいものです。

ヘルマン ヘッセ (著),フォルカー ミヒェルス (編集),岡田 朝雄(訳)「人は成熟するにつれて若くなる」

 

ヘルマン・ヘッセ(1877-1962)の人生後半期の知恵が凝縮された一冊です。

エッセイと箴言、詩、子息マルティーンの撮影したヘッセの写真から構成されています。

ヘッセの85年の生涯のうち、ほぼ後半生の著作から編纂されたものであり、老境に向かう不安や恐れとともに、老いることにも積極的な意味を見いだす態度が表現されています。

やはりヘッセの文章がすばらしく、翻訳であっても、その世界を十分に味わうことができます。

「四十歳から五十歳までの十年間は、情熱ある人びとにとって、芸術家にとって、常に危機的な十年であり、生活と自分自身とに折り合いをつけることが往々にして困難な不安の時期であり、たび重なる不満が生じてくる時期である。しかし、それからおちついた時期がやってくる。・・・興奮と戦いの時代であった青春時代が美しいと同じように、老いること、成熟することも、その美しさと幸せをもっているのである。」

ヘッセの日常を偲ばせる多くの写真も興味深いものです。畑仕事に精を出す姿や散歩する姿、孫と戯れる姿などが撮影されています。

1947年、ノーベル賞受賞の翌年に撮影されたポートレートは厳しい眼差しをしており、孤高とも感じられる人柄が伝わってきますが、晩年は落ち着いた柔和な表情を見せています。

「全ての詩人の努力の目標は、人生の夕べにヘルマン・ヘッセのような顔を持つことである。」(編者あとがき より)

フランチェスコ・アルベローニ (著),大久保 昭男 (訳)「宇宙をつくりだすのは人間の心だ」

 

イタリアの社会学者・作家のフランチェスコ・アルベローニ(No.5で「借りのある人、貸しのある人」を紹介)の著作です。

本書で取り上げているテーマは、道徳と人間性についてです。

生命のあらゆるレベルに見られる生存競争、適者生存、利己的遺伝子(*1)という近代が発見した自然法則と、道徳や利他的な行為の共存が可能なのかという問題を、正面から取り上げています。

戦乱や飢餓などの危機的状況では、利己的に行動するものが生き残るという冷徹な事実の前で、このような自然法則に抗う道徳心について、歴史的・宗教的な議論を紐解きながら多面的に述べています。

このような重いテーマを取り上げていますが、文章に堅苦しさや難解さはなく、流れるような表現(翻訳)で著者の考えが自由に展開されています。

人間性に対する深い洞察と、慈しみを感じさせる文章が著者の特徴です。

「人間の本質、その特徴や能力は、生存に対する適応力でもなければ、闘争力でもなく、まさによりよい人生を夢見ることである。」

(第2章 道徳はどこから生まれるのか より)

著者は、人間性に信頼を寄せていることがわかります。

(*1)リチャード・ドーキンスが1976年「利己的な遺伝子」で提唱した概念。生物は遺伝子の「乗り物」に過ぎないという考え方は大きな反響を呼びました。

No.77 「フランス流紅茶芸術」

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マリアージュ・フレール社(発行)「フランス流紅茶芸術」

 

紅茶を楽しむためのトータルな知識を学ぶことができる小冊子です。

発行は、紅茶専門店の「マリアージュ フレール」です。一般の書店では手に入らないかもしれません。

同社の歴史から始まり、お茶の文化史、生活の中でのお茶の楽しみ方、健康への効果、おいしいお茶の入れ方、製法と種類、世界のお茶の生産地など、お茶に関する様々な知識を得ることができます。

紅茶というとイギリスが本家というイメージがありますが、フランスの紅茶にもルイ14世時代、17世紀以来の長い歴史があることがわかります。

東インド会社からお茶がヨーロッパに伝わったのは、オランダが1610年、フランスが1636年、イギリスが1650年ということです。

紅茶だけでなく、中国茶や緑茶についても多くのページが割かれています。

紅茶の持つ奥深い世界へ招待してくれる本です。

日本のレストランや喫茶店で一般的な「レモンティー」は、紅茶のおいしさをなくしてしまうということも、この本で初めて知りました。

 

 「フランス流紅茶芸術」 \1,575

No76 「世界名言集」

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岩波文庫編集部 (編)「世界名言集」

 

このブログでは、No.23「仕事の哲学 (ドラッカー名言集)、No.50「ゲーテ格言集」など、いくつかの名言・箴言集を紹介しましたが、今回紹介するのは岩波文庫から内外の名言を蒐集して1冊にまとめたものです。

冒頭の兼好法師「徒然草」の「世は定めなきこそいみじけれ」から始まり、全部で1340編の古今東西の名言が、いくつかのテーマによって分類されています。

巻末には索引があり、著者名による検索もできて便利です。

取り上げられている文章はいずれも1〜2行から数行の短いものですが、すぐれた表現のなかに著者の思想や人間性を垣間見ることができます。

通読するのもよいでしょうが、適当にページを開いて読んでみても、様々な名言との出会いがあって楽しめます。

一文だけ紹介しましょう。

いまページを開いたところ、次の文章が目に留まりました。

「総じて、人は分相応の楽しみなければ、又精も出し難し。これに依って、楽しみもすべし、精も出すべし。」恩田木工(おんだたくみ)『日暮硯』

多面的で柔軟な思考を養うのに役立つ本です。日めくりのように使いたいものです。

新原 浩朗 (著)「日本の優秀企業研究―企業経営の原点 6つの条件」

 

独立行政法人経済産業研究所の新原浩朗氏が、優良な成果を上げている企業の特質を明らかにして、新たな発展の道筋を探ろうという研究結果をまとめたものです。

著者の問題意識は、競争力の本質は米国流の経営手法(「形」)にあるのではなく、もっと「本質的なこと」があるのではないかというものです。

そして、財務データ(*1)から優秀企業のサンプルを抽出し、約30社に絞り込んだうえで、文献調査とインタビューを行っています。

登場する企業は、シマノ、信越化学、イトーヨーカ堂、、任天堂、マブチモーター、キヤノン、ヤマト運輸等々です。

シマノのSIS(*2)なども写真入りで紹介されており、実証的に多くの文献やデータを調査したことがわかります。

このような手法で、優秀企業に共通する条件として六つが抽出されています。

一部を紹介すると、

・「分からないことは分けること」(分からない事業をやらない、経営者の理解の範囲に絞る、など)

・「客観的に眺め不合理な点を見つけられること」

・「世のため、人のためという自発性の企業文化を埋め込んでいること」

全編を通じて、リーダーシップと企業文化による企業統治(コーポレートガバナンス)の重要性が強調されています。

「自分たちが分かる事業を、やたら広げずに、愚直に、真面目に・・・情熱をもって取り組んでいる企業」が優秀な企業であると結論づけています。

同書の文庫版も出版されています。

(*1)総資本経常利益率、自己資本比率、経常利益額の推移の3つの指標が使われています。

(*2)The Shimano Index System・・・シマノが開発した位置決め機能がついた自転車の変速システムのことです。自転車ロードレースの世界で、シマノがイタリアのカンパニョーロ社を凌駕する契機になったシステムです。懐かしい(20数年前は自転車が趣味でした)。

「鶴野 礼子 (著),全国信用金庫協会(監修)「元気な商店街・7つの秘訣―商売繁盛の街づくりにはコツがある!」

 

全国約100ヶ所の商店街の取材を元に、繁盛する商店街の要因をまとめたものです。

著者が繁盛する商店街の秘訣として取り上げているのは次の七つの項目です。

1.お客を集める、2.商品を売る、3.空き店舗を埋める、4.地域に密着する、5.高齢者を呼び込む、6.観光地化にかける、7.強い商店街をつくる

「秘訣はどれもごく基本的なもの」と著者は述べていますが、いずれも商店街が繁盛するための重要成功要因というべきものです。

これら7つの切り口から、全国の商店街の事例が40以上紹介されており、東和銀座商店街(東京都足立区)、巣鴨地蔵通り商店街(東京都豊島区)、西新道錦会商店街(京都市)、烏山駅前商店街(東京都世田谷区)などの有名商店街の他に、東北からも材木町商店街(盛岡市)、花輪大町商店街(鹿角市)、七日町商店街(山形市)、高畠中央通り商店街(高畠町)などの事例が取り上げられています。

各項目の最後には「商店街・自己診断チェックリスト」が付いています。

また「商店街のキーパーソン10人」へのインタビューと、実務的な街づくりの進め方が提言されています。

いくつかの商店街の支援に携わった経験からいえば、確かに「商店街の活性化」に切り札はなく、基本的なことを忠実に実行するしかないと思います。

問題は地方の商店街において特に深刻です。かつては1日数千人の通行量があった商店街が、100人以下になったという例もあります。

首都圏のように人通りのある商店街と、「回覧板を回す人しか歩いていない」と揶揄される地方の商店街では、当然活性化へのアプローチは異なってくるでしょう。

最近思うのは、「商店街とは何か」という本質的な問題です。

「商店街」とは実は曖昧な概念で、一定の地域の個店の集合体を商店街と呼んでいるだけで、大企業のような組織化された実体があるわけではありません。まとまりのないことが商店街の本質かもしれません。

そのような視点に立てば、魅力のある商店街とは魅力のある個店が集積しているところであり、マーチャンダイジングを中心とする個店のレベルアップが不可欠といえるでしょう。

No.73 「文章のみがき方」

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辰濃 和男 (著)「文章のみがき方」

 

朝日新聞の「天声人語」の執筆を1975〜1988年まで手掛けた辰濃 和男氏が、「いい文章」を書くための心がけをまとめたものです。

38の章でさまざまな作家の文章論や作品を引用しながら、文章を書くということに対する心構えを具体的に説いています。

一部を紹介すると、

・「毎日、書く」

・「辞書を手元におく」

・「書きたいことを書く」

・「借りものでない言葉で書く」

・「自分と向き合う」

そして最後の主題は、

・「渾身の力で取り組む」

であり、次の串田孫一(*1)の文が引用されています。

「文章はいつも、水をかぶって、坐りなおしてはじめる覚悟でいたい」

いい文章を書こうと思えば、そのくらいの心構えで取り組む必要があるということです。

本書を読むと、多くの作家が文章を書くということといかに苦闘してきたかがわかります。

考えてみれば、人の目に触れる文章を書くということは勇気のいることです。

この本を紹介したからには、いい加減な文章は書けませんね。

(*1) No.11で「鳥と語る夢」を紹介しています。氏の数々の名エッセイは文章を書くことに対するこのような厳しい態度から生まれたことがわかりました。

梅田 望夫 (著)「ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる」

 

インターネットを中心としたITの進展と社会の変化を論じ、話題になった本です。

本書では、Google(*1)、Amazon、ブログ、オープンソースをキーワードとして取り上げ、インターネットの世界に質的な変化が生じていることを論じています。

そして、変化の本質を理解し積極的に取り込んで利用するものと、冷笑したり拒否したりするものの違いについて、パソコン革命を例にあげ、新しいものへの過小評価の過ちを指摘しています。

インターネットの利用が一般化してから10年以上が経過し、仕事でも生活でも不可欠の存在となりました。

紳士協定でスタートしたインターネットの世界も、現在では「玉石混交」、「衆愚」とも評される状況です。

このようなインターネットの負の側面が、本書の主張のようにGoogleを筆頭とする検索などの技術革新によって解消されるのか、興味深いところです。

また、オープンソースやWikipediaなどの集合知において、既成の権威に依存することなく、いかにして情報の信頼性を保持するのかも大きな課題です。

私見では、技術革新だけでは本質的な問題の解決は難しいのではないかと思われます。

インターネットの負の勢力ともいうべき「クラッカー(*2)」の世界もオープンソース化しており、クラッキングツールも容易に入手できる状況では、技術自体は対立の構図を解消する切り札にはならないのです。

インターネットの世界の「匿名性」をどう考えるのか、それが大きな別れ道のような気がします。

(*1)Googleについては、No.8・No.9「グーグル革命の衝撃」を紹介しています。同書ではGoogleの影響力の拡大に伴い、人々が検索への依存を強め、考える能力の退化が懸念されています。

(*2)ネットワークへの不正侵入や、ホームページの改竄など悪意を持ったハッキングを行うもの。ハッカーとは区別される。

小川 英之・ 金谷 年展・清水 和夫 (著)「ディーゼルこそが、地球を救う―なぜ、環境先進国はディーゼルを選択するのか?」

 

日本ではトラックやバスのエンジンというイメージしかないディーゼルエンジンについて、その認識を改めさせてくれる本です。

われわれがディーゼルエンジンについて知っているのは、騒音、振動、黒煙といったところではないでしょうか。

東京都のディーゼル車への規制強化もあって、ディーゼル車イコール大気汚染・環境破壊という図式が定着しているようです。

車やエンジンに詳しい人なら、ディーゼルエンジンは構造上圧縮比が高く、点火系を必要としないこと、高回転は苦手だがトルクが太いといったことを知っていると思います。

実はディーゼルエンジンには他にも多くのすぐれた特性があり、燃費が良いことはもちろん、エネルギー効率が高く、二酸化炭素の排出量がガソリン車より20%程度少ないこと、耐久性にすぐれるなど、環境負荷の少ないエンジンであることがわかります。

ヨーロッパの自動車メーカーは以前からディーゼルエンジンに熱心に取り組んできており、約4割がディーゼル車となっており、特にフランスでは約6割にのぼるとのことです。

本書では、ディーゼルエンジンの特性や、排ガス浄化技術、いすゞ自動車による規制を前倒ししたクリーンディーゼルへの取り組み、これからの代替燃料との適合性などが紹介されています。

環境を意識して車を選ぶ人には、日本ではハイブリッド車(*1)という選択肢がありますが、ディーゼル車もそのなかに加えてみてはどうでしょうか。

(*1)No.20で「プリウスという夢」を紹介しています。

No70. 「ブッダの旅」

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丸山 勇 (著)「ブッダの旅 カラー版(岩波新書)」

 

写真家の丸山勇氏が、足掛け12年、のべ600日にもわたる取材を通じてブッダの足跡を辿り、写真と文章にまとめたものです。

舞台はガンジス川中流域を中心とした、インド北部ビハール州とウッタル・プラデーシュ州からネパールに至る一帯です。

旅はブッダ生誕の地、修行の地、悟りを開いた地、布教の旅の道、そして涅槃の地まで、その足跡をていねいに辿り、当時の風景を伝える遺構や美術品が、優れたカメラワークで紹介されています。

「釈尊の足跡を辿り、仏教遺跡の点と線を追い、釈尊時代の風土と精神の有り様と人間の生き様をカメラに収めようと求めた(「はじめに」より)」

通読すれば、ブッダの生涯についての基礎知識を学ぶことができるでしょう。

どのページにも見応えのある写真が溢れています。

私が抱いていたインドのイメージは、酷暑の乾いた土地や、ガンジス川の沐浴や荼毘の光景といったものでした。

本書も冒頭でこのようなガンジス川の風景が紹介されています。しかしそのようなイメージは広大なインドの一部に過ぎないことがわかります。

緑豊かな草原、樹木が群生する広大な風景など、多様な風土と静寂さを漂わせる雰囲気に圧倒され、インド大陸に対するイメージが変わります。

このような空気感ともいえるものを感じさせる作品が、本書の大きな魅力となっています。

2500年前に思いを馳せながら鑑賞してみると良いでしょう。

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