昨年7月に始めた「読書室 本の薦め」は、皆様の叱咤激励もあって何とか1年間継続でき、250冊の書を紹介することができました。
ちょうど1年、250冊というひとつの区切りを超えたので、少しペースを落としたいと思います。
250冊といっても、ヘルマン・ヘッセが読んだという2万数千冊の百分の一にすぎません。
日暮れて道遠しの感がありますが、これからも定期的に良書を紹介していきたいと思います。
三木清(著)「人生論ノート」(新潮文庫 改版版2000)
哲学者で「パスカルに於ける人間の研究」などの著作で知られる三木清による人生論です。長年多くの人に読み継がれています。
「死について」「幸福について」「懐疑について」「健康について」「希望について」など23の章から構成されています。
それぞれの章は数ページでまとめられており、折に触れて読み返すことができます。
「幸福は人格である。・・・幸福は表現的なものである。鳥の歌うが如くおのずから外に現れて他の人を幸福にするものが真の幸福である」
(幸福について より)
先人の知恵を引きながら、人生の諸問題に正面から向き合う真摯で敬虔な態度と、昭和初期の教養主義の雰囲気が感じられます。
石田 晴久(著)「インターネット自由自在」 (岩波新書 1998/03)
インターネットのつながる原理や使いこなしについて、一般向けに解説した書です。
著者はコンピュータの専門家だけあって、他の入門書とは一味違った、理論的にしっかりした内容になっています。
出版は10年前ですが、プロトコルやTCP/IP、ドメインの仕組みなどについてわかりやすく解説されており、ネットワークの基礎理論を知るためにも適した書です。
インターネットの使いこなしについては、家庭と職場における基本的な活用法が紹介されています。
将来については、日本のインターネット利用者数を1000万から2000万と予想していますが、これは控えめすぎたようです。著者の予想を超えて、インターネットは急激に拡大、普及し、利用者は8000万人を超えました。
ウイルス対策など安全性に関する記述もありますが、総じてインターネットの可能性について肯定的で、その未来に期待を掛ける内容になっています。
デレク フラワー(著),柴田 和雄(訳)「知識の灯台―古代アレクサンドリア図書館の物語」 (柏書房 2003/03)
古代アレクサンドリアに存在した図書館を現代に復活させるプロジェクトを期に、当時の図書館の建設に関与した人々や、そこに集まった学者たちの活躍やさまざまなエピソードを丹念に蒐集してまとめた書です。
古代図書館の建設にあたったのは、古エジプトのファラオ、プトレマイオス一世ですが、図書館建設の構想を打ち立てたのは、マケドニアのアレクサンダー大王でした。
この図書館が構成の学術・文化に果たした影響は、甚大なものがあります。
アルキメデスやエウクレイデスなど、まさに綺羅星のごとく、ギリシャをはじめ多くの国々から学者たちが集まり、世界の学問の中心としてその後の発展の礎を築くことになります。
また、それ以前の古代文献の巨大な蒐集庫としての役割もあり、歴史上貴重な文献資料を現代に伝える役割も果たしました。
知識の灯台というタイトルも、言い得て妙です。
千年、二千年単位で、知の継続と発展の中心となった図書館の重要性を再認識させる書です。
石田 晴久(著)「パソコン自由自在」 (岩波新書 1997/01)
パソコンがようやく一般の人に使いこなせるようになった時代、その機能を存分に楽しく使いこなすための方法を提示した書です。
出版は1997年、ウィンドウズ95が普及し、マルチタスク・マルチウィンドウの機能を活かして、さまざまなアプリケーションソフトが充実してきた頃です。
職場での利用や、マルチメディア・趣味への活用に加えて、パソコンの活用法として「通信端末」という用途がクローズアップされています。これはウィンドウズ95にインターネット接続の機能が標準装備され、通信環境も整ってきたからです。
最近出版されたパソコン入門書に比べると、全体から受ける印象が異なります。
それは、パソコンの未来に対する夢や期待といったものが感じられることです。
日用品化し、機能的にも新たな展開がみられなくなった最近のパソコンと違い、当時はまさに日進月歩(秒進分歩という言葉もありました)、わくわくする雰囲気が満ちていました。パソコンの新製品情報をいち早く手に入れるために、日刊工業新聞を講読する人もいたとか。
そういう時代の雰囲気を感じられる書です。
姜尚中 (著)「悩む力」 (集英社新書 2008/5)
近代人が、自由を手に入れたが故に直面せざるを得なくなった「自我」の問題をどう扱えば良いのか、それが本書のテーマとなっています。
この近代人に突きつけられた課題に果敢に挑戦した先人として、漱石とマックスウェーバーの人と著作が紹介されています。
この二人は、神経衰弱になるまで「自分の知性だけを信じて、自分自身と徹底抗戦しながら、自我と何を信じるかという近代以降の難問に、独力で立ち向かいつづけた」のです。
著者によれば、「人生とは、自分がどうすべきなのか選択せざるをえない瞬間の集積であり、それを乗り越えていくためには、何かを信じて答えを見つけなければ」ならないものだということ。
つまり、私が私として生きていく意味を確信できるまで、「まじめに悩み抜くしかない」というのが、著者の結論です。
そうして初めて、開き直りや良い意味での横着といった心境が生まれるということです。
中野不二男(著)「デスクトップの技術」(新潮選書 2002/09)
情報のメモの仕方、整理術について、パソコンや周辺機器、PDAとシステム手帳の活用について、著者の実践的な工夫をまとめたものです。
出版は2002年のため、ハードウェアに関する記述にはやや古さがあります。携帯電話の進化により、PDAはほぼ絶滅しました。Palmへの手書き入力の作法などには、なつかしささえ感じます。
ただ基本的な情報の記録や整理方法については、参考になる部分が多々あります。
たとえば、Outlookでメモを整理するときのインデックス付けの方法や、さまざまなハード・ソフトをそのまま使うのではなく、著者独自の一工夫を加えることによって仕事で使えるツールにする方法など、実践的なノウハウが紹介されています。
またPDAとシステム手帳の使い分けなど、コンピュータ機器にのみ依存しない姿勢も感じられます。
ツールを使いこなして情報を整理できる人は、「機械に使われない」人なのでしょう。
村井 純(著)「インターネット2―次世代への扉」 (岩波新書 1998/08)
前著「インターネット」から3年後の1998年に出版された続編となります。
3年間でインターネットは一般に広く普及しました。
著者によれば、続編は「すべての人のためのインターネットが、すべての人によってつくられていくときに、少しでも役に立つことを願って」書かれたものであるとのことです。
本書の内容は、インターネットによって何が実現できたのか、ISPとIXなどインターネットのインフラについて、ビジネスにおけるインターネットの利用状況、そしてインターネットの普及に伴って起こってきた詐欺や著作権の問題、最後にIPV6など次世代のインターネットの姿となっています。
ちょうど10年前の出版なので、回線速度は早くても128キロビット、ADSLか光かといった論点も見られます。
現在ではブロードバンド普及率が40%以上となった一方で、IPV6への移行はまだ部分的です。技術的な変化は、通信大手企業の取り組みに依存するところが大きいようです。
前著と合わせて読むと、インターネットについての正確な知識が得られるとともに、インターネットを生み出した思想や哲学というべきものを理解することができるでしょう。
岡井 耀毅(著)「肉声の昭和写真家―12人の巨匠が語る作品と時代」 (平凡社新書 2008/7)
昭和の時代に活躍し一世を風靡した写真家12人について、その人物像や写真に対する思想を、交友の記憶から探った書です。
著者は元「アサヒカメラ」編集長で、「昭和写真・全仕事」などのシリーズも手がけています。
登場するのは、三木淳、前田真三、薗部清、秋山正太郎、稲村隆正、中村正也、入江泰吉、藤本四八、緑川洋一、岩宮武二、植田正治、林忠彦の12人です。
カメラマンと雑誌編集者という親しい関係から、多くのエピソードが語られています。
作品を生み出す思想や写真に対する哲学というべきものが興味深く、また富良野の写真で有名な前田真三は元商社マンであり、作品からは想像できない実業家的な一面を持ち合わせていたことなど、作品からはうかがい知れない人物像も浮かび上がってきます。
12人に共通するのは、作品を見れば誰が撮ったのかわかるという意味で、確かな作風を確立し、明確な記号性を持っていた写真家だということでしょう。
作品を生み出すのは、技術よりも、写真に対する思想であり、そして人間性にあることがわかります。